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9-3
顔を見て、瑠輝は全身を硬直させる。
唇が「こぉ、き」と無意識に動く。
――どうして、煌輝が⋯⋯ここへ?
不機嫌そうな顔した煌輝は、本日も絵本の中から飛び出してきた王子様のように輝いて見えた。
「その様子だと、退院って感じではなさそうだな」
行動を言い当てられ、瑠輝の心臓は縮み上がる思いがした。
今日の煌輝はめずらしく、黒のラウンドネックのレザージャケットに黒の細身のデニムパンツを履いている。襟元からは白いTシャツが覗いていて、シンプルでカジュアルな格好だというのに、とても洗練された恰好に見えた。
「今日も瑠輝へ逢いに行くと、そう言っただろ? 俺の訪問を待たずして、一体どこへ行こうとしていたんだ?」
腕を組み、目の前へと立ちはだかる煌輝に、瑠輝はここからは逃げられないと察する。
「――まさか、逃げようとした?」
心の中を言い当てられ、平静を装っていた瑠輝の瞳が、一瞬微かに揺れた。
煌輝に手を伸ばされるより先に、瑠輝は後退りをし、おどろおどろしい森の中へと逆戻りする。
しかし、つい昨日まで長距離移動に車椅子を使用していた瑠輝は脚が出ず、すぐ様その場へと崩れ落ちてしまう。
「瑠輝!」
前へつんのめる瑠輝を、その大きな左腕が寸前のところで抱き留める。
「⋯⋯セーフ」
安堵したように煌輝が告げた。
甘い薔薇の香りがする煌輝に身を委ねるようにして抱き締められた瑠輝は、その腕が怪我をしていた左腕であることに気がつく。
――セーフ、なんかじゃない。腕⋯⋯大丈夫なのかよ。
咄嗟に腕の中から脱し、血の気が引いた顔で煌輝を見やる。
「腕は大丈夫だ。既に、抜糸も済んでいる。そんなに不安な顔をするな」
わざとなのだろうか。再度、左腕で瑠輝を引き寄せようとするが、それを素早く交わす。
最初から、自分にはその腕に抱かれる資格がないのだと。瑠輝は顔を強ばらせた。
「瑠輝? 昨日から様子がおかしいが、どうしたんだ?」
昨日――と言った煌輝の言葉から連想するように、龍臣の言葉がよみがえる。あっという間に喉の奥が締め付けられ、目の前がチカチカと点滅した。
あああ、と瑠輝はガチガチと奥歯を震わせながら、言葉にならない叫びを上げる。
無理だ。
好きなのに、ムリ。
これ以上、煌輝の傍に居るのは無理だ。
――ゴメンなさい。
心の中で瑠輝は謝罪する。
――ごめんなさい、ごめんなさい⋯⋯本当に、ごめん⋯⋯なさい。
僕のせいで、将来有望な貴方のその腕を――僕は、傷つけてしまいました。
贖罪の言葉を心の中でたくさん告げた瑠輝は、「あーあー」とやっと出た、酷く掠れた声で泣いた。
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