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「もしかして、あの晩――龍臣に、何か言われたのか?」 鋭い煌輝の言葉に、瑠輝の心臓は止まる思いがした。 ――瑠輝が傍に居たら、煌輝は馬鹿げたことをしてしまう。 龍臣のこの言葉が、何度も繰り返し頭の中で響く。 ふるふると大きく(かぶり)を振り、顔を背けながら後退りした。 「だったら何故、そんなにも怯えたように取り乱すんだ?」 苛立ちを隠すことなく煌輝は大股で歩幅を詰めるが、その分だけ瑠輝も背後へずれる。 だが、身長も何もかもが優勢である煌輝が、逃げる瑠輝の手を掴む。 「!」 目を大きく見開き、瑠輝は絶望に近い表情を浮かべ、煌輝を見つめた。 「どうしてそんな顔⋯⋯するんだ。全くもって、こうなった意味が分からない。俺たち、番になる約束⋯⋯したんじゃなかったのか?」 静かに諭すように告げた煌輝に、胸が酷く痛かった。 長い睫毛が涙に濡れたその目を伏せ、やはりそれ以上声が出ない瑠輝は「ごめんなさい」と、煌輝にも分かるよう唇を動かす。 「それは、何に対しての『ごめんなさい』だ?」 煌輝の言葉に続けて、「もう、煌輝の番にはなれない」と自らの意志を伝える。 マロン色した煌輝の瞳の奥がゆらりと大きく揺れ、静かに怒りを携えたのが分かった。 「瑠輝くーん! おーい、瑠輝くーん!!」 木々の騒めきと共に、遠く、千織が瑠輝を探している声が聞こえてくる。 しまった、と瑠輝は思った。 いつまでも、こんな場所へ留まっている場合ではない。 再度瑠輝は、病院の敷地外を目指し前へ進もうとする。もちろん、煌輝を置いて独りで。 「⋯⋯やはり、か」 小さく溜息をつく煌輝に、瑠輝はここで逃走は終わりを告げるのかと悟った。 次の瞬間、煌輝は瑠輝の手を強引に掴み、声のする方とは反対側へと走り出す。 「あのドアから外へ出る」 自身も出入りしていた簡易扉を顎で示すと、瑠輝の承諾を待つことなく、扉を開け通過した。 「ここの鍵が壊れてると、親切な看護師が教えてくれたお陰だな」 “キングローズ”らしからぬ発言を、素知らぬ顔で煌輝はする。 「ここでタクシーを拾うと、すぐに脚跡を辿られる可能性が高い」 既に脚が限界を迎えていた瑠輝を、ひょいと煌輝は横抱きすると、そのまま躊躇うことなく、目の前の往来へと強引に出て行く。片側一車線の速度制限の看板がある通りではあったが、全く車が走っていない訳ではない。 ――え。煌輝、何をするんだよ? 轢かれに行くつもりか? まさか、僕が番にならないと言ったから⋯⋯“心、中”? 身の毛がよだち、瑠輝はギュッと両目を瞑る。 キキィと大きなブレーキ音をさせ、急停止したタイヤの音が瑠輝の耳へ届いた。 ああ、と瑠輝は色々を覚悟したが、煌輝は「停まってくれた」と事も無げに一言呟く。 微かに目を開けると、煌輝は一台の乗用車を停め、酷く怯えていた運転手へとその後ろへ乗せて貰えるよう交渉を始めていた。 ――じゅ、寿命が縮まった。 早鐘は鎮まる様子はなく、瑠輝の心臓はずっとバクバク音を立てている。 「瑠輝、後ろ乗せて貰えるらしい」 そりゃそうだろう。誰も轢きたくはないしな、と瑠輝はどこか他人事に思う。 同時に、煌輝のその肝の据わり方に恐怖を覚えた。 「――分かったか? これが俺の本気。身を呈してまで、瑠輝を欲しいと想う――本気の“好き”の気持ちだ」 停車した車の後部座席のドアを開けると、一つも笑うことなく煌輝は言ってのける。 じわじわと時間差で、煌輝のその行為の怖さを実感し始めた瑠輝は、思わずこう言っていた。 「バカ、煌輝! 死んだら⋯⋯それすらも伝えられないだろ!」 はっきりとその声は煌輝の耳にも、当の本人である瑠輝の耳にも届いたのであった。

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