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先ほどの煌輝とは打って変わって、煌輝は車内で愛想良く振る舞っている。どう見てもこの車の前へ飛び込んだ人間とは思えない。 ――“キングローズ”のクセにこんなことをしやがって。絶対に人としてやってはいけないことだろう。こっちは、本当に死ぬかと思ったんだからな。 煌輝の隣りへ座っていた瑠輝は、窓の外を恨めしそうに睨む。 一時間近くは走ったであろう車は、煌輝が目的地として設定していた場所へとようやく到着した。 よく見慣れた街並みに、瑠輝の入院していた病院がだいぶ離れた場所だったことに気がつく。 ――だというのに、煌輝は僕へ逢いにこの距離を毎日⋯⋯。 車を降りた瑠輝は、乗せてもらった運転手へと何度も何度も、申し訳なさから深々とお辞儀をした。隣りで、さらりと一つ軽く会釈しただけの煌輝を、瑠輝は横目でギッときつく睨みつけながら。 「おい、煌輝。お前、さっきみたいなのもう絶対にやめろよ」 早速、その腕に瑠輝を抱いた煌輝へと声を掛ける。 「⋯⋯声が出るようになった途端、それかよ。俺の番は、相変わらず可愛いことが言えないんだな。せっかく、勇気を出して一世一代の告白をしたんだがな」 わざとらしく棒読みで煌輝は言う。 「その(、、)()を好きと言ったのは、煌輝だろう?」 瑠輝も瑠輝で鼻でフンと煌輝を笑い、すっかりいつもの自分を取り戻していた。 「――いつも通りの、俺が好きな“瑠輝”⋯⋯だ」 眉根を寄せ、だが嬉しそうに微笑みながら煌輝は言った。 「やっと、やっと⋯⋯逢えた。瑠輝、ずっと逢いたかった」 真剣に告げる煌輝の目尻には、全くその顔と行動にはそぐわぬものがキラリと光る。 自身の左手をそっと光る雫へ伸ばし、煌輝の顔を仰ぎ見ると、そのまま指でそれを拭う。 「――僕、も」 聞こえるか聞こえないかの微妙な声の大きさで、瑠輝は返した。 「でも⋯⋯もう、こんなバカなことは――やめろよ。自分の腕を傷つけたり、車道へ飛び出すなんてことは⋯⋯」 伸ばした手はそのままに、瑠輝は静かに目を伏せる。言い終えたところで、瑠輝は高級住宅街と思しき一角へ連れて来られていたことを知る。その中でも、特に背の高い薔薇のアーチが目を惹く家まで、煌輝は歩みを進めた。 見頃を迎えたたくさんの深紅の薔薇が、四方をコンクリートの塀で囲まれたそれより、高く聳えるアーチから、むせ返るほどの香りを主張する。 傍に煌輝がいなければ、とうの昔に瑠輝は胸の強い痛みに耐え切れず、逃げ出していたに違いない。 「ここは?」 「ここは俺の実家だ。とは言っても、両親は官邸に住んでいるし、普段は俺もあの洋館へ住んでいるから、実質ここへはメンテナンスで、手伝いの者が定期的に入るくらいだ」 煌輝は淡々と告げると、塀を越えるための指紋認証装置に、自身の人差し指を透かした。同時に、虹彩認証も認識されると塀だと思っていた一部が自動で横へ動く。 慣れた仕草で中へ進むと、煌輝の言う通り、まるで無人の家とは思えないほど細部まで芝生や植物たちの手入れが行き届いた、広大な庭が拡がっている。

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