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10-3
――これからが、肝心な場面だというのに。
今度は自身の胸に靄がかかったところで、瑠輝の目はぱちりと開いた。
「あ、れ?」
今のは夢なのか。それとも……。
ぼんやりと見慣れぬ天井を、瑠輝は仰ぎ見る。
「瑠輝、おはよう」
酷く乱れた情事など全く無関係な顔した王子様が、これ以上ない満面の笑みを浮かべこちらを覗いていた。
瑠輝はこれが現実で、先ほどの誕生日の映像は夢だったのだと察知する。
同時に、夢の中で印象的だったマロン色した瞳と同じ輝きが、改めて目の前へ存在していたことに気がつく。
――この瞳の色って、もしかしてあの夢に出てきたあの子と同じ……か?
疑惑が瑠輝の頭を過ぎる。
「十八歳のお誕生日、おめでとう」
瑠輝の様子など気がつく様子もなく、煌輝は祝いの言葉を告げた。
どうやら眠っている間に、二人の誕生日である六日を迎えていたようだ。
「煌輝も……その、誕生日……おめでとう」
シェルター関係者以外の人間と、共に誕生日を過ごすのは初めてのことだった。
これ以上なく嬉しかったが、改めて祝われると妙に気恥ずかしく、つい素っ気ない態度で返してしまう。
それでも煌輝は気にすることなく、眩いばかりの笑みで、瑠輝の頬へキスを落とす。
キングローズが、本当はこんなにも甘い男だということを、蔓薔薇の中に住まう超エリートアルファたちは知っているのだろうか。
否、そんなことは誰も知らなくていい。
煌輝の番になる瑠輝だけが、知っていれば良いことなのだから。
夢の中に出てきたマロン色した瞳の少年を、無意識の内に煌輝に投影していたことに気がつき、自嘲する。
――あれほど強くアルファと番になりたくないと思っていたのに、いつの間にか煌輝に独占欲まで感じてしまうなんて。
「僕って、なんてあさましい人間なんだろう」
心の声がポツリと口から出てしまう。
「瑠輝はあさましくなんてない。シェルターで生活していないオメガでも、もっと浅ましいヤツはたくさんいる」
煌輝はそう言うと、ベッドに横たわっていた瑠輝の隣りへ寝転んだ。
「それより、誕生日のご馳走に俺たち二人のバースデーケーキを用意した。今から食べないか?」
「え、ケーキ?」
思わぬ提案に瑠輝は身を乗り出し、ケーキの在り処を探す。長年シェルター暮らしだった瑠輝にとって、ケーキは特別な日にのみ少しだけ食べることを許される甘味だったからだ。
煌輝はその様子に思わず苦笑する。
「あそこにある」
指で示した先には、この部屋に入った時には目に入らなかった小さなデスクがあった。その上に、苺と薔薇菓子が交互に飾られた生クリームのホールケーキが置かれている。
薔薇菓子と生クリームのケーキだ。
既視感を覚えた瑠輝は、「どうして?」と疑問が口から洩れる。
「生クリーム、苦手だったか? 星宮家のバースデーケーキと言えば、常にこれなんだ。これは母様の手作りではないのだけど」
煌輝の言葉に、瑠輝は言葉を失った。
苺こそなかったが、夢の中に出てきたバースデーケーキとほぼ同じだったからだ。
――先ほどの夢は、夢だけど……やはり夢じゃなかったのだろうか。
驚きから大きく目を見開いた瑠輝は、ケーキと煌輝の顔を交互にぱちぱちと見比べるのだった。
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