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「そのケーキ」と瑠輝が言いかけたところで、この家のインターフォンが鳴った。 「せっかくだからバースデーソングでも歌おうか?」 煌輝はそれに気がつかなかったかのように振る舞う。 「……出なくて、いいのかよ?」 恐る恐る瑠輝は訊ねる。 有無を言わさぬ笑顔で、煌輝はにっこりとこちらを見つめていた。 「歌より先に二人でケーキを食べようか? この薔薇は、チョコレートでできているんだ。ほら」 素早くケーキをベッドの上に居る瑠輝の元へと持ってくる。 苺と薔薇が規則的に並ぶその円の中から煌輝は一つ、無作為に薔薇菓子を取り出すと、瑠輝の口の前までそれを運ぶ。 余裕の振る舞いの中に、微かに煌輝の焦りが垣間見える。 いつも堂々としている煌輝らしくない、と瑠輝は思った。 「苺の方が良かったか?」 間髪入れずに煌輝は話しかける。 「このケーキは特注なんだが……」 煌輝が言いかけたところで、再度インターフォンが鳴った。 瞬間、この部屋に静寂が訪れる。 僅かの沈黙を先に破ったのは、先ほど焦りを微かに覗かせていた煌輝の方だった。 自身の手に持った薔薇菓子を口に含むと、煌輝は強引に瑠輝へそれを口移しする。 「ぅんん……」 甘い、あまいチョコレートの味が煌輝の舌の温もりと共に、瑠輝の口腔内に拡がっていく。 「甘いか?」 訊ねる煌輝は、すっかりいつもの煌輝だった。 誤魔化されている――瑠輝はそう思ったが、チョコレートと共に蕩ける舌で口腔内を掻き回され、それ以上の思考は停止してしまう。 「――俺とのキス、は?」 ちゅぷちゅぷと舌の絡み合う甘い音が部屋に響き、発情期初期の敏感な瑠輝の身体は、あっという間に熱が灯っていく。 「言わなくとも、顔に『甘い』と書いてあるな」 クスリと笑うと、更に煌輝はキスの角度を深くする。 焦りなどそこには一つもなく、ただ瑠輝を蕩けさせようとする煌輝の気持ちだけがあった。 自身からも舌を追うと、既に濡れたようなマロン色の瞳がうっとりとしながら、手を絡めこちらを見つめてくる。 「もったいぶって、お預けしなければ良かった」 キスの合間に、吐息混じりで煌輝は言った。 意味が分からず、瑠輝は首を小さく傾げる。そこへすかさず煌輝が、チュッと音を立て唇を奪っていく。 「可愛い、かわいい瑠輝。瑠輝の番は、永遠に俺だけ――だ」 自身にも言い聞かせるように告げた煌輝の言葉の後ろで、ドスドスと幾人かの脚音がこちらへと迫り来る音が聴こえてくる。 ――あれ、ここの門は確かセキュリティがしっかりしていたはずだと思ったけど。 酷く困惑していると、煌輝は軽く舌打ちをし、ベッドから渋々降りた。 まるで、これから誰がこの部屋に訪れるのかを分かっているかの如く。

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