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10-6
「瑠輝――逢いたかったわ。可愛い私の息子……」
部屋の前へ立つ煌輝の脇をすり抜け、女性はベッド上に居る瑠輝まで歩み寄る。
「大きく……なったわね。美人さんが、より美人になったわね」
マロン色した瞳を細め、「私の息子」と呼んだ瑠輝の脇にそっと女性は腰掛ける。
「…………」
何が起きているのだろうか。瑠輝の思考は考えることを停止した。
だが、動じることなく女性は瑠輝の頬へと手を伸ばす。ひんやりとした指先が、瑠輝の輪郭をなぞる。
存在を、そこに瑠輝が居ることを確かめるようにゆっくりと。
何も言葉を瑠輝は返せなかった。
ただただ、辿る女性の指を感じながら少しずつ思考を整理していく以外、瑠輝は何もできなかったのだ。
こちらを振り向く煌輝もそれは同様のようで。
――煌輝にそっくりの顔したこの女性は、たった今、僕のことを「息子」と呼んだ。
確か、煌輝は先ほどこの女性のことを「母様」と呼んでいた。「母様」と呼ぶくらいなのだから、この年若い見た目の女性はアルファだという煌輝の母親で間違いないのだろう。
ということは……つまり。
つまり、瑠輝と煌輝はその――。
奇しくも、今日六月六日は瑠輝と煌輝の十八回目の誕生日だ。
「もう、あなたとは――瑠輝とは、一生逢えないと思っていたの」
さめざめと泣く目の前の女性から唐突にそう告げられても、瑠輝には全てこの発言が他人事としか思えなかった。
むしろ、この女性は何を言っているのだろうかとさえ感じてしまう。
――だって僕は、十二歳でオメガのシェルターに捨てられたのだから。
全てに違和感を覚えていた瑠輝は、どれ一つとして、自身が忘れていた記憶の真実だとは思えなかった。
「……捨てたのに」
喉の奥から絞り出すような、微かな声をやっとの思いで瑠輝は出す。
ドア前でこちらの様子を窺っていた水城が、ようやくこのタイミングで口を開く。
「本来であれば、一度シェルターに入ったオメガは、二度と家族の元へ戻ることは許されない」
シルバーフレームの眼鏡のブリッジを人差し指で軽く押さえながら、シェルターの職員らしく仰々しい口調で水城は告げた。
「その過去ですら、思い出すことは禁忌とされている」
涼しい顔して話す水城を、煌輝は敵意丸出しで睨みつける。
「――だというのに、二人は再び引き合ってしまった。ましてや、その親にまで再会してしまうとは。これははっきり言って、国の不祥事だ。離された当時の、記憶の操作が杜撰だったせいではなかろうか?」
嫌味を込めた怪訝な視線を、腕章をつけた大柄な男たちに水城は投げかけた。
国のスタッフたちは眉間に大きく眉を寄せ、悔しそうな表情と共に、口を横に引き結ぶ。
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