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「瑠輝、すっかりオメガの顔をするようになっている」 相変わらず酷く警戒し、睨みをきかせていた瑠輝の傍らに片膝を着いた水城の手が、その頬を捉えた。 「発情期が始まったばかりの――理性と熱情の狭間で悩ましく揺れ惑うオメガの瞳は、特に美しい」 陶然とした水城の表情は狂気的に見え、瑠輝は身の危険を覚える。 ――いったいこの男は何を、言っているんだろうか。 明らかに、一介のシェルターの職員が発する言葉ではない。 安全なベータの発言ではないのだ、と本能が警告する。 不意に、以前、この男へと振りかけたアルファ専用の催涙スプレーのことを瑠輝は思い出す。 途端、水城への一つの疑惑が浮上する。 「油断すると、すぐにでも私のノットが疼いてしまいそうだ」 水城のこの言葉が、間違いなく瑠輝の中で決定打となってしまう。 「――ノッ……ト? どういう、こと……です、か?」 答えは分かっていたはずだったが、それでも敢えて瑠輝は訊ねる。 否、そうせねばならないと思ったのだ。 「ある、ふぁ?」 次いで、恐る恐る答えを瑠輝自ら口にする。 「水城センセ……アル、ファ?」 動揺からか、単語で訊ねる瑠輝に水城はフッと笑った。 「だって、シェルターの職員……アルファ、なれない……」 次第に進み行く発情期の中、熱く潤む瞳を水城へ向けながら、瑠輝は上がる息と共に疑問を口にした。 「――確かにアルファは、オメガシェルターの職員にはなれない規定になっている。発情フェロモンに惑わされ、どんなに優秀なアルファでもラットになってしまう可能性が高い」 当然の如く水城は告げる。 「じゃ、何……でぇ?」 発情期の熱が全身を駆け巡り、今までにない、ついねだるような甘ったるい声が出てしまう。 絶対に嫌だというのに、これでは瑠輝から誘っているみたいだ。 背後を軽く振り向くと、水城は男たちにしか分からないジェスチャーで何やら指示を出していた。 次の瞬間、後部座席のドアが閉まる音がして、瑠輝はようやく水城と二人きりの密室にさせられてしまったことに気がつく。 「この車は、シェルター行きのオメガを乗せる為の、フェロモンが外へ漏れない特殊加工されたものだ。もちろん、防音防火装備も厳重に施されている」 つまりは、瑠輝はここから絶対に逃げられやしない。 水城の言葉が、そう言っているように聞こえた。 「な、何が目的……で、すかぁ」 凄んでみせたつもりでも、発情期のせいでつい語尾が甘えたものとなってしまう。 「キングローズのせいで、もうトロトロにさせられてしまったか?」 卑猥な笑みを見せる水城に、生理的に瑠輝の全身が拒否している。生理的に全身が受けつけないのだ。熱情と共に、瑠輝の胸の奥からは吐き気が込み上げてくる。

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