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「ああ、そうだ。“キングローズ”と言っても、彼は“現在”の――だった、か。かく言う私もこう見えて、十年以上前には“キングローズ”と呼ばれていたのだから」 思わぬ告白を口にした水城は、ゆっくり瑠輝の上へと覆い被さっていく。 「瑠輝――私もかつての“キングローズ”だ。シェルターで流れている優秀なベータではなく、私は正真正銘、彼と同じ超エリートアルファなんだよ」 徐々に顔を近づけ迫り来る水城に、唯一自由となっている顔を瑠輝は必死で背けた。 「私たちが番となれば、星宮家もウチも未来永劫安泰だ」 「ゃだ……。僕は、煌輝以外の番なんて絶対にいらない」 イヤイヤと首を振りながら、押し寄せる発情との狭間で瑠輝は意思を伝える。 確かに以前から、水城は本当にベータなのか怪しいところあった。 だから、アルファだと言われても「ああ」と妙に納得してしまう節はある。 それでも、番相手となると違う。 「残念ながら“いらない”、じゃないんだ」 残念な面持ちなど微塵も感じさせない水城に、瑠輝はより一層の恐怖を募らせていく。 ゴクッと息を呑み込み、大きく目を見開きじっと水城を見つめる。 「これは、契約だ。キミの父親である、現、国のトップとその補佐である側近をしている私の父と、で取り決められたものなのだから」 「なっ……」 何を勝手なことを、と瑠輝は思った。 「残念ながら、勝手でも何でもないのだ」 心中を察したような水城の言葉に、瑠輝は訝る。 「本来であれば、“キングローズ”であった私も父のように中央行政機関へ入省する予定だった。同じ公務員とはいえ、特別職でも何でもないオメガシェルターの教官など、絶対にエリートアルファのする仕事ではないと思っていたほどだ」 侮蔑の色を含んだ水城の言葉に、瑠輝は大きくはっと息を呑む。 「星宮の家からお願いされなければ――否、ましてや幼い瑠輝が可愛くなかったら、まるで左遷のようなソレを、身体を張ってまで引き受けようとは思わなかった」 瑠輝の右頬を愛おしそうに撫で、水城は喉の奥でククと自嘲した。 煌輝とは違うその大きな手に触られ、やはり瑠輝の全身はぞわぞわと気味悪く粟立つ。 だが、不快感はそれだけが原因とは言えなかった。 「……ずっと、昔から僕のこと……知ってた……んですか?」 水城は瑠輝が十二歳以前の、“星宮瑠輝”であった頃の自身を知っている。 六年近く、何度も何度も思い出そうとしても思い出せなかった、オメガシェルターの“瑠輝”ではなく“星宮瑠輝”として生きていた記憶を。 「――ああ。言っただろう? 私の父は瑠輝の父の側近だ。“花菱”という名を聞いたことがあるだろうか?」 オメガに対し、綺麗ごとしか並べられない国に不快感を覚えていた瑠輝にでも、その名は“星宮”と共に何となく聞いたことがある。 「“花菱”は現、国の官房の長だ。私はその末子。“水城”は、母方の姓でシェルターへ潜入するために名乗っていたものだ。花菱も星宮と同じく、代々アルファしか生まれない家系であるから、苗字だけでその素性を周囲へ勘繰られないようにするためにな」 中学までは兄のような存在であった水城が、六年もの間、教官として傍に居た理由をようやくこの時、瑠輝は僅かに知る。

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