136 / 139

11-1

十八年前の六月六日。 夏のような晴れた空の下、若き夫婦のところへ輝く二つの宝が大きな産声を上げた。 妻の陣痛が始まったのは、その前日の六月五日、昼過ぎのことだ。 前年では、既にその日を境に梅雨入りをしていたため、飴色の瞳を持つ夫は特に警戒していた。 病院へ行くまでに大雨が突然降り、身重の妻が濡れた地面で脚を滑らせないだろうか。天気予報では一日曇り予報であったが、そんなことまで独り心配し、病院へ到着したら如何に濡れずに妻を安全に車から降ろすのか。 何度も何度も綿密に、まるで自身が出産するのではないだろうかと妻が呆れてしまうほど、シミュレーションを繰り返していたのだ。 妻は「心配しすぎよ」と笑ったが、夫は「何かあってからでは遅いから」と誰が見ても異常なほど過保護に、無事出産をするまで彼女と生まれてくる子どもたちを第一として動いていた。 政界のサラブレッドとして生まれた夫は、その年、初めて議員として当選したばかりであった。 当然その有り様であったから、彼の一族をよく思わなかった派閥や世論からは「若造が何をやっているのだ」と当時、官房の長を務めていたその父が代わりに大きく非難されていたことは記憶にまだ新しい。 父はその時、二児の親となった息子へ諭すようにこう言ったそうだ。 「悔しかったら、お前が世論を動かせるようにまず黙って邁進しなさい」と。 若き夫は忙しい仕事の合間を縫って、それでも二人にそっくりな可愛い双子の男児の子育てになるべく積極的に携わった。 妻は「仕事に集中して」と心配したが、夫はそれでは自身の信念が遂げられない、とそのスタイルを決してやめようとはしなかったのだ。 サラブレッドとはいえ、政界ではまだまだ経験不足の新人議員。 風当たりは強く、心ない言葉を向けられたり揶揄されることは少なくなかった。 しかし、彼は父から言われたことを真摯に守り、一生懸命仕事へ打ち込んだ。 十年も過ぎると、独り相撲のように気負わなくとも、次第に少しずつ賛同するものが周囲へ増えてきていたのが分かった。 それから僅か二年後。 彼の常識が覆される衝撃的な出来事が起きたのだ。 代々、アルファのみしか生まれてこなかった家系へ生まれた夫は、目に入れても痛くない利発的な双子も当然自身と同じ、“アルファ”であろうと信じて疑わなかった。 だが、現実は残酷だ。 どちらかというと面倒見が良い兄と比べ、弟の方はおっとりとしており、日頃から兄を後追いするほど受け身の性格ではあった。 とは言っても、まさかとは思っていなかった。 『――今、何て仰いましたか?』 国の研究所から彼宛てに掛かってきた電話で、一瞬時が止まってしまう。 第二次性の検査で、双子の長子の方が――“オメガ”であることが判明したのだ。 同時に、耳を疑うような事実もである。

ともだちにシェアしよう!