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「“星宮”瑠輝としての記憶、そして今日までの記憶――全て消して下さい。お願いします」 もう一度、瑠輝はこれ以上ない真剣な眼差しで水城へと懇願した。 「瑠輝、急にどうしたんだ?」 より一層、眉間の皺を深くした水城は涙溢れる瑠輝の顔を改めてじっと見つめる。 「どうしたも何も、言葉の通りです」 瑠輝の言葉に、水城はしばし考え込むようにその場で沈黙してしまう。 「お願いします。僕の気が変わらない内に、早くシェルターへ連れて行って!」 「瑠輝……」 悲痛な叫びに、水城は思わず瑠輝の上から退く。 「そして、辛いだとか悲しいだとか――愛してるだとか……そんな感情全てを忘れてしまっている内に、僕を水城先生の番にして下さい」 明らかに水城が言葉を失うのが分かった。 きっと、大幅に予想と反した応えが返ってきたのだろう。 戸惑いの色さえ見える男は、かつて優しかった兄のような存在の水城に見えた。 「――そう言えば、どうして水城先生は僕が高校へ進学してから急に態度が冷たくなったんですか?」 もうすぐ記憶が消されてしまう今だからこそ、あの時のことが聞ける。そう思った瑠輝は、不意にずっと心に引っ掛かっていたことを訊ねた。 「あぁ、そのことか。それは単純なことだ」 苦笑しながら水城は口を開き始める。 「嫉妬、だ」 「……嫉妬?」 「言ったろ。私がシェルターへ配属されたのは親同士の契約だったが、瑠輝のその可愛さに、将来を捨ててまでその成長を傍で見守っていたいと思ったんだ」 少々、困惑したように眉尻を下げた水城に、瑠輝は息を呑んだ。 「私だって、好きだったんだ。ずっと瑠輝のことが」 「……え?」 「だから外部の高校へ行くと知り、気が気じゃなかった。人の気持ちほど、縛りつけておくことができないものはないから……」 初めて聞く水城の本音に、瑠輝は驚きを隠せない。 「美人な瑠輝のこと、すぐ外で番にされてしまいそうであったから、自分から嫌われるように仕向けただけだ。バカな子どもみたいだろ?」 自嘲した水城は、とても優秀なアルファには見えなかった。ただ、独りの恋に苦悩した青年がそこに居るように見えてしまう。 「……瑠輝に相応しい資格を得るため、こう見えて必死でキングローズに選ばれるために勉強や外交など頑張ったんだ」 「僕の、ため?」 「そうだ。全ては、星宮など家柄関係なく、ただ一目惚れした瑠輝を将来私の番にしたくてやったことだ」 一途な水城の想いに、今度は瑠輝が言葉を失った。 「――シェルターへ瑠輝が連れて行かれることとなった原因の。瑠輝と弟君が近親で好きあっていると密告したのも、だ」 告白後、水城は罰が悪そうに瑠輝から顔を背けた。 「そんなことをしても、結局はまた二人は引き合ってしまったのだから、“運命”の前には人の儚い恋心など意味を持たないのだろうな」 水城のその大きな背中からは、いつになく悲愴感が漂っていた。

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