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《サンプル版》第7話 律

眠れない。 心臓の音がうるさい。身体の内側からドンドン叩かれてるみたいだ。 欧介さんの。 欧介さんのセックスを、見てしまった。 抱かれる側だった。 びっくりした。 キスどころの騒ぎじゃない。 全く経験がないわけじゃない。ただ、何というか、自分の経験とは比べものにならない、濃厚さ。 学校で雪村が言った「連れ込み宿」の言葉が蘇った。 でも、俺が飯をごちそうになったり、自転車直してもらったりした欧介さんは、普通の大人だった。 初めて見たキスの日から、ついさっきまで、誰かを連れ込んでる様子は全くなかった。 相手は欧介さんの恋人なのか? 欧介さんは、見たことのない顔をしてた。 男同士がどうやってするのか詳しくは知らないけど、欧介さんは気持ちよさそうな顔をしてた。 もともと綺麗な顔の人だし。 無精髭剃って、髪をきちんとしたら、清潔感のあるイケメンだと思うんだけど。 いや、顔の作りはどうでもいい。   俺は、色っぽいと思ってしまったんだ。 気持ち悪いとは、思わなかった。 無い、とか、引く、とかが普通の反応だよな。 俺がおかしいのか? そもそもそういうことに俺は縁遠くて、AVとかもあんまり見ないし、一人っ子だから、姉が裸同然でそのへんをうろつく、みたいなこともない。 だけど嫌悪感がないのはどうしてなのか。 そのかわりに、何とも言えないもやもやとした気持ちが消えない。 俺の知らない、欧介さんの一面。 まだ知り合って一ヶ月しか経ってない。 ただのお隣さん。年も七歳離れてる。 知ってることなんて、実はほとんどない。 プライベートなんて知らなくて当たり前。 それにしても。 カーテンくらい閉めろよ。いくら夜だからって。 俺の部屋から、庭も、部屋の中も見えるの知ってんじゃん。 もし間違って母さんが見たらどうすんだよ…最悪どころじゃないっつの。 そういえば明日、一緒にホームセンター行こうって言ったんだっけ。 めっちゃ気まずいんだけど。 欧介さん、目、合ったよな。 気まずいのは向こうも一緒だろうけど、キスの時とはレベル違うんだって。 どうしろっての、俺に。 結局ほとんど眠れないで、朝がきた。 日曜日だってのに、七時起きとかもったいなさすぎる。 昼頃に欧介さんの車で、隣町のホームセンターに行くはずの今日。 無駄に天気もいい。 俺はベッドの中でしばらくごろごろしながら考えた。 どう考えても、普通の顔して会えるとは思えない。とりあえず俺的には。 携帯を持った。 電話は無理だ。メールもきついけど、直接なんて言って断ればいいかわからないし。とりあえず何か理由を考えないと… と、思ってたら、携帯のバイブが震えだして飛び上がった。 欧介さんだった。 メッセージを開いたら、短い文が表示された。 (律、朝早くからごめん、起きてる?) 向こうも気にしてる。どう答えたらいいか悩んで、普通に返した。 (ちょうど今起きたとこ) (そっか。今、部屋?) (うん、まだベッドの中でごろごろしてる) 返してから、なんだか返し方を間違えた気がした。だいたい、何で部屋にいるかどうか聞くんだ? もしかして… 俺はベッドを降りて、カーテンの隙間から欧介さんの家の庭を見た。 庭に面した大きな窓に、携帯を持った欧介さんが立ってた。 助けを求めるような表情で俺の部屋を見上げてる。そんな顔、見たことない。 昨日の欧介さんを思い出した。勝手に顔に血が上る。 欧介さんは俺が見てることに気づいてなかった。 寂しそうに携帯に視線を落として、もう一度窓を見上げた。 (律、あのね) 話しかけるみたいなメッセージが送られてきた。 何故かそれ以上を聞きたくなくて、あわてて俺は返事を打った。 (ごめん、なんか腹の調子悪くて、ちょっとトイレ) どう考えても不自然な俺の言い分に、欧介さんからの返信は止まった。 もう一度カーテンの隙間から覗いてみたら、欧介さんは、泣きそうな顔でこっちを見ていた。 ずるいよ。 泣きたいのは、欧介さんだけじゃない。

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