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026.シーツの波間にて
よく晴れた風そよぐ午後。ここは特別な兄弟たちの逢引場所と化す。
またか。思わず舌を打ちかけたけれど、そこは歯を噛みしめて我慢だ。こんなに紳士的な俺の存在にも御構いなしで、少年二人のシルエットが揺れるシーツへ影絵芝居よろしく映し続けられている。唇を重ねた姿で。
曇りの日の方が多いこの土地。俺の預けられている修道院では、晴れればシーツを一気に洗うのが習慣だ。修道士やその見習いが百人近く住んでいるのだから、洗濯の量はいつもとんでもないことになる。朝一で丘いっぱいにロープが張られて、昼下がりにはシーツの白い海ができる。
修道院といえばプライベートなんて存在しない集団生活が普通。しかも教えに従い、全員が女性との関わりを絶っている。そうなると、自然と目の前のような現象が起きるもの、らしい。睦み合う兄弟……。
俺は子供の頃からここにいるけれど、いまだにその気持ちがよくわかっていない。ただ、見通しが悪いシーツの海が仲良しを連れ込むのにちょうどいいというのは俺にもわかる。
本当はここを突っ切れたら近道なのだけど、仕方がない。俺が諦めて踵を返すと、どすん。うっかり誰かにぶつかってしまった。
「なっ……!!」
相手の姿を見上げた刹那、驚愕の声を漏らしてしまう。せっかく静かにしていたのに、シーツの向こうの二人からもたじろぐ気配。
「しっ。」
そこではあろうことか、我らが院長様が口許に人差し指を立てて微笑んでいた。そしてその顔が音もなく、ぬっと俺の顔めがけて近付いてきて。
「んむっ!?」
もっと正確には、いつもミサで説教をしている血色のいい薄い唇が、俺の唇めがけて迫ってきた、というべきか。ただし、間には院長様の骨ばった指が一本。
接吻にこそ至ってないものの、側から見ればこれは立派に……仲が良すぎる兄弟の逢引だ。
シーツの向こうの二人組も、こちらが同類だと勘違いしたのかすぐに二人の世界へ帰っていった。いやいや、もっと気にしろよ。
「……逢瀬の邪魔をしてはいけないよ。」
微動だにしないまま笑みの形の唇でひそひそとそう告げられると、こっちの唇に吐息がかかった。べつにいやじゃないけど胸がざわざわする。
「院長様。あれは叱らなくていいんですか。」
こちらも小声で尋ねてみた。風紀を乱すのも、同性のまぐわいも、ご法度だ。
ところがこの院長様ときたら「さてね。」とどこ吹く顔だ。涼しい顔で飄々と背筋を伸ばす。
「こういう場所には、ああいう慰みも必要なのだよ。」
「まさか院長様にもああいうご趣味が?」
「いいや、私は年上の女性が好みだ。」
この環境でいつ年上の女性とお近づきになる機会があるんだか。それに院長様はそこそこいい歳のはず。苦虫を噛み潰したみたいな顔で「へー」と棒読みの返事をしておく。
「一線さえ超えなければそっとしておいておやり。みんながみんな、君のように心が強いわけではない。」
ではね、と片手で挨拶の素振りを見せると、院長様は足音を忍ばせてそそくさ聖堂の方へ行ってしまった。
まさかお許しが出るとは思っていなかった俺はといえば、ぽかんと立ち尽くすばかり。シーツの向こうでは逢引中の二人が「ん、ん、」「はぁ」と熱を上げている。
――あの人差し指がなければ、俺もあんなふうになっていたんだろうか?
そんな考えをしてしまった自分にハッとした瞬間、顔が火を吹くくらい熱を持った。なんなんだ、これ。
「……いや、まさかな。」
気の迷いに違いない。シーツの向こう側の出来事なんて、俺には一生無縁なのだから。
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