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028.愛執旅情
「ずいぶん探したんだけど?」
腹立たしいくらいのいい笑顔で、よくもまあ。夕食中だったオレの方はといえば、構えていた茶碗と箸が宙で凍りついていた。なんだってこの野郎がここにいる?
「ヒトチガイデス。」
「しらばっくれるならもっと上手にして。」
そそくさと立ち上がって退散しようとしたものの、大失敗。女にちやほやされてばっかの派手顔イケメンはニコニコ顔のままでこちらの胸を小突いてきて、そのせいでオレは尻餅で椅子へ逆戻りだ。挙句あちらは向かいの席に勝手に座ってくる。
小腹が空いた肉食獣が自分の間合いまでうさぎが迷い込むのを眺めているような、そんな嬉しそうな表情。残念ながらすぐには逃げられそうにない。
「……なんでわかったんだ。」
「お前の考えなんて、俺には全部お見通しなんだよ。」
どうせ金かけて探偵でも雇ったか、もしくはスマホにへんなアプリでも仕込まれてたのか。何しろこいつは今をときめく売れっ子ホスト。下の上くらいの庶民でしかないオレには考えつかないなにか特別な――
「お前は『そうだ! 京都行こー!』くらいにしか考えてなかったかもだけど、その思いつきで俺たちが何回ここまで旅行に来たか覚えてないのか?」
「あ。」
何回? 何回だったかなァ? 三回のような、五回のような、十回のような。つまり「たくさん」だな。
「そもそも初めてお前に京都案内したのはこの俺でぇーす。」
「ぐぬぬ。」
つまり逃亡先としては京都は捻りがなさすぎたわけか。くそっ。それなら明日は――
「明日は北海道に逃げようとか考えてるだろ?」
「なんでわかった!?」
「メロンソフトクリームとラベンダーソフトクリームをやけ食いしようとか考えてただろ。」
「超能力者かよ……ッ!?」
「違うし。」
両手を広げてつくづく呆れたみたいな表情。そうして半眼でオレをじっと見つめた派手な顔は、やがて改まって真面目なツラになる。
そしてまっすぐな目のまま、はっきりと告げられる。
「俺はお前が好きなだけだ。」
だから考えてることもわかると?
なんでもお見通しだと?
きっとそうなんだろう。でも、オレはあんまり納得できていない。しかもその理由は、かなり理不尽。
コイツは、訳あって金を稼ぐためにホストやってるだけだ。オレが一番この男の事情を理解してやらなきゃいけない立場だ。それにコイツは、オレのことも最大限に大事にしてくれてる。だから旅行なんてのにも行けたんだ。
でも、オレ……、やっぱり綺麗な女の子と腕組んで笑ってるコイツの姿、見てたくないんだよ……。
だから顔を合わせるのも言い争うのも嫌になって京都まで逃げてきた。なのにまさか、こうして見つかるだなんて。
「……色々、悪いとは思ってる。でもあと一年だ。そしたらもう嫌な思いは絶対させない。」
「そうは言っても……さぁ……」
「妹の学費が済めば、あとは俺の一生、お前の好きにしていいから。今だけ頼むから。」
「うう……。」
親がいないせいで苦労しているコイツのつむじなんて、オレだって見たくない。けど。
「そんなこと言っても、オレ、オレ……っ!」
口が裂けても言えない。オレより妹の方が大事なんだろ、なんて。
そんなこと言ったら、ホントに、ホントに終わってしまう。だからっ!
「オレのことなんかどうでもいいだろッ!!」
心にもない啖呵を切って、今度こそ立ち上がる。このままホテルの自室に逃げ込もう!
が。
「へぇー。」
ついさっきまで切実な表情をしていたイケメン面が、今では再びにっこにこ。
「つまり俺がお前のことどうでもいいと思ってるって?」
目にも留まらぬ速さでいつのまにか腕を掴まれ、オレはまたも逃げ損なってしまっていた。そして察する。
あ、これヤバいやつ。
「家出した恋人に怒りもせず、仕事オフにして直ちに追いかけて、これだけ下手に謝っても、お前は俺の気持ちを頭から全否定なのか?」
「い、いや、」
「じゃあそれが違うってわからせてやれたら帰ってくるんだよな?」
「だから、ソノ、」
オレだってコイツのことはよくわかっているつもりだ。今だって。
これは、ちょっとガチめにキレてる時の笑顔だなーって。
「わかった。俺が世界で一番お前のことが好きだって、お前が泣きながら理解するまで今日はひたすら本気で抱くから。」
「や、ダカラデスネっ、」
こんな絶倫巨根野郎の本気を余さず受け止めたら壊れるに決まってるだろ!?!? 女受けのいい顔が嘘みたいな下半身のくせにっ!!!!
「ごめん、わかった、もうわかったから……」
「わかってないよな? わかってたら家出はしてもそんなことは言わないよな?」
「悪かったから! 反省してるからっ!! い、いやーーーッ!!!!!!」
けんもほろろな恋人はオレの叫びなんて気にもしない。
泣いて謝っても結局陽が昇るまで離してもらえず、……でも何故か納得してそのまま仲直りしてしまうのだから、オレは相当に単純なのかもしれない。
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