29 / 51

029.モノクロ

 写真にすればいいと、君は言った。  笑顔も、泣き顔も、あられのない姿も、朝の陽に照らされた光る睫毛も、全てそうすれば残るからと。  ――君が先に死ぬ生き物であったことは最初からわかっていた。  だから触れまいとしていたのに、想い出は残せるものだと嘯かれ、愚かな私はそれを信じた。  想い出の檻の中に余生を仕舞えば、孤独など二度と訪れない。そんな妄想にひたり、覚悟を決めてまでいた。  だからこんな最後は考えてもみなかった。  写真は風化し、ネガは歪む。愛しい君の骨には罅が入り、だんだんと砂のように崩れてしまう。  まさか想い出というものが、数世紀と保たないものだったとは。  君はこんな結末を知っていたのだろうか。知らなかったと言ってくれ。私を苦しみの谷底へ突き落としたのは、わざとではないと。  なのにもう君の声も思い出せないのだ。  代わりに、色も形も匂いもなく、ただ空気の針のような視線だけ覚えている。  あの眼差しを向けられた時だけ、この青黒い肌がチリチリと、焦げるように痛むのだ。そう、今も。  かつてたしかに存在していた君は、いまや時の地平線の彼方むこう。  モノクロのようなぎこちなさで、まさか今も私を見つめ続けているのか。

ともだちにシェアしよう!