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030.うちの彼氏が一番可愛い
「もう諦めなよ。」
「ううっ……、い、嫌だ……!」
「そんなこと言ってももうほとんどダメになってるでしょ。」
「嘘だ……俺は、俺は男だぞ……っ!!」
――僕の彼氏は男前だ。柔道、空手、合気道、剣道、ボクシングにフェンシング、あらゆる武術を網羅したスーパーファイター。硬派の中の硬派であり、二言はないし、嘘もつかない。
『男児たるもの〜』とか『男に生まれたからには〜』とか、そんなことばっかり言われて育ってきたせいでこんな古典的な日本男児に育ったらしい。だから、彼にとって男である僕と付き合うというのはさぞ勇気のいる選択だっただろう。
それはつまり、完璧超人みたいなこの彼のこんなにも情けない声を聞けるのは、僕だけ、ということでもある。
「もう離してくれッ!!」
本当なら僕の腕力じゃ彼にはとても敵わない。でも、彼の身体から力が抜け切った今この瞬間なら、この細腕でもその豪腕が押さえ込めた。
君はいやだいやだと首を振ってばかり。聞き分けのなさにニヤニヤとほくそ笑みつつ、「そんなこと言わないで?」と僕は耳元で語りかける。
「だってまだ途中だよ?」
「もういやだ! こんなの知りたくないっ!!」
「そう言わないで、もうすぐ終わるからちゃんと現実と向き合おう?」
「俺には無理だっ、ああ、やめてくれっ、ダメだってダメだってダメダメいやぁっ、」
『――ずっぎゃああああんっ!!!!』
眩しいテレビのスピーカーからめいっぱいに大音量が弾けた。かと思いきや、それが止むより早く、ヒロインが主人公である夫の名前を全身全霊で叫んでいる。
そう、愛する妻を救うべくして、主人公は自ら命を投げうち車で敵への特攻を果たしたのだ――!
「ぐはあああああっ!!」
彼もまた声を上げ、ついにその目からは大粒の涙が、一気に三筋も流れ落ちた。
ああ、これ! これを見たかったんだ!!
なにしろこの硬派男児、映画館には頑なに行きたがらない。家でBlu-rayをつけてもクライマックスを迎える頃には、彼は目を見開いたままそわそわと貧乏ゆすりをはじめ、やがてそしてトイレへ行ってしまうのだ。
「これぇ、これやだぁ……なんで死ぬ必要あるんだ??? え??? わけわかんねぇ……、泣くってわかってても無理ぃ……。」
「ふふふふふ。」
男たるもの、好きな相手に涙なんて見せちゃいけないんだってさ。不自由なことだ。スポーツ刈りの頭をわしゃわしゃ撫でてやりつつ、満たされていく心地にしみじみと目蓋を閉じる。
そんな彼の号泣してる姿が、僕には世界一可愛くみえてしまうんだもの。
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