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031.黙れセレブ!

「少々よろしいかい?」  そう前置いて声をかけてきたのはなんだか高そうなスーツの男だった。 「え? オレ?」  貧乏苦学生のオレにはもちろんこんな知り合いはいない。最初は人違いかと疑って、間違ってないならもしかして道でも聞きたいのかなと、そんなつもりで足を止めたんだけど。 「単刀直入に言おう。私のものになりたまえ。」 「……。」  あ、なんかヘンな人と関わり合いになっちまったかも。 「様子を見るに君は恐らく学生だね? 安心するといい、あくせく働く未来から君を解放してあげよう!」 「いや、そんなこと望んでないっス……。」  可及的速やかに逃げ出さねばと心の中では警報が鳴り響いている。けれど、スーツの男は「遠慮はいらないよ。」と怖いくらいに完璧な笑みのままでオレの両肩をがっちりと両手で捕まえてきた。 「君はこれから毎日私の屋敷で綺麗なものと美味しいものに囲まれて幸せに生きるんだ!」 「は、はい?」 「欲しいものだってなんでもあげるよ? それが一番なんだ、私が幸せにするからァッ!!!!」 「はあっ!? きっしょ、意味わかんねッ……!」  男の手を振り払い、オレは早足で逃げ出した。でもあっちの脚がやたら長いせいで、ちょっと駆け足になったくらいじゃ全然逃げられねー!! 「お構いなくっつってんだろ!?」 「待ってくれ!! 私が君を言い値で買おう……! 庶民の一生分の給料の倍を払うからァッ!!」  ちょっと待て。なんだってこの金持ちはこんなにオレにご執心なんだ!? 本気でダッシュしてもスーツに皺ひとつ寄せずに早足で追っかけてくるからめちゃくちや怖い!! 「オレは売り物じゃねぇーッ!!」 「私は一目惚れだって金で買うぞ!? どこに金を払えば納得する!? いますぐ結婚指輪を買いに行こうーッ!!」  今まで金持ちの知り合いなんて一人もいなかったけど、富裕層ってのはこんなにみんな頭がおかしいものなのか? 黙れセレブ! オレは売り物じゃねーっての!! 勝手にオレに一目惚れしてるんじゃねーッッ!!!!

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