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035.名前のない便り
この花が咲く頃に会いに行く。そんなメッセージを添えて贈られたのはいくつかの球根だった。宮廷庭師のオレにこんなものを送るとはなんてヤツだ。名前もなにもわからないとはいえ、枯らしてしまえば沽券に関わる。
直接見るのは初めてだったけれど、芽吹いた頃にはアヤメ科の花であることがわかった。だが北国であるこの地でこれを咲かせるのは至難の業。オランジュリーのあっちへこっちへ、適度な温度を探して鉢を置き、肥料の配分や水の量も常に手探り。葉の瑞々しさやしなり具合に毎日一喜一憂させられて、必然的にあいつの顔を思い出す時間が増えて、ああそういうことかとやっと納得した。
あの男は、探検家なんて新時代的な、危険な家業を継いだのだ。
何ヶ月も顔を合わせる機会がないまま離れ離れ。だから会えない間にも、オレが毎日あの能天気な顔を思い出すよう、お前はこんなものを贈ってきたんだろう。
バカなヤツ。頼まれなくったって毎日思い出しているってのに。
希望でいっぱいに胸を膨らませて、大海原に飛び出していくお前の姿、オレがいつもどんな気持ちで見送っていると思う?
――それから三ヶ月ばかりが過ぎ、本当に花が咲く日ぴったりにお前は再び母国の土を踏んだ。
渡し板を撓ませながら下船するなり、冒険家の帰還に沸き立った人たちに揉まれに揉まれて、見守るというより面白半分に眺めていたオレの前にはちょっとよれよれになったお前がやってきた。
「ほらよ。」
なにも言わずにアイリスの花束を送れば、また一段と日焼けした顔が、にんまり。
「いい便りだったろ?」
「退屈凌ぎには、なったかな。」
つれないヤツ、と態とらしく、逞しい肩を竦めてる。そんな仕草をまた見れたことに、本当は安堵でいっぱいで、息が詰まりそうだってのに。
それを知ってか知らずなのか。お前は脱いだばかりの船長帽の影に隠れるようにして、酸素不足なオレの唇を掠め取っていった。
和花言葉BLSSSシリーズ
お題: アイリス(アヤメ)/花言葉「よい便り」「メッセージ」「希望」
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