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037.待ってる良い子は黙ってろ
ここで待っててね。必ず迎えに来るから。
そう言って幼い僕を孤児院に残した母。
彼女が目指した先が娼婦街だったと知ったのは、それから三年後、母の死が伝えられた日のことだ。
父が死に、母が死んだ。その事実がうまく飲み込めないまま、僕はいつまでも母の最後の言葉に呪われていたのだと思う。
ここにいれば、いつか大好きな母は帰ってくる。死んだなんてきっと嘘。同じ星を見上げて、今も僕を想ってくれている。きっとそのはず。
別れる前の日に、母は言っていた。また一緒に暮らせるようになったら美味しいパイを焼こうと。林檎をたくさん入れてくれるのだと。昔の僕は、笑っている母と甘い林檎パイを齧る時が一番幸せだったから。母もそれをよく知っていたから。
だからたぶん、ここにいれば幸せは必ずやってくる。そのはず。そのはず。
娼婦の子と虐められながらもなんとか食べ物にはありつけた。与えられた仕事は他の子より頑張ったと思う。でも床に投げつけられたパンを走って拾ったことも何度もある。
幼い良い子は貰い手がつくこともあった。僕にも何度か貰い手の話が出たけれど、母を待ち続けたかった僕はそれらをすべて断った。
お願いします、なんでもします。だからここにいさせてください。
母の遺したハンカチ一枚を握り締めながら、気付けば十三歳。
そんな僕にとって、その男の言葉は青嵐のように鮮烈で。
「幸せなんて、待ってるだけであっちから来てくれるわけないだろうが。こっちから捕まえにいくんだよ!」
そう言って僕の手を乱暴に引き始める綺麗な人。
どうして胸を高鳴らせずにいられただろう。
この人のために生きようと、自分のために決めるまで、時間なんてものは必要なかったんだ――
和花言葉BLSSSシリーズ
お題: カキツバタ/花言葉「幸せは必ずくる」
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