38 / 51
038.私の世界一可愛い主の秘密について
「え、陛下来るの――!?」
がったんがっちゃんどたんばたん。手から膝からカップも本も落っことして、綺麗なおめめはまんまるの宝石みたい。
私の主はいつもそう。誰よりも優しい心と比類なき優雅さを併せ持つ世界一の姫君であるはずなのに、陛下の話になると途端に戸惑って動揺して、挙句に自分の足まで踏む始末。
そんなポンコツ姫君を咄嗟に受け止めるまでが報告役の私の仕事だ。
「どどどどどうしよう……!!」
主の顔色は真っ赤になって真っ青になって、結局最後は真っ白になった。
「今日は政務で忙しいって聞いてましたもんね。突然のことで驚くのも仕方ないですが……。」
今日は陛下は来ない。そう聞いていたからこそ、本日の姫様は日向ぼっこでうとうとぼんやり眠たい時間を過ごしていた。陛下がいつ来るかわからなければ、もうちょっとばちっと背筋を伸ばしていたはず。
なにしろ姫様は陛下が恐ろしくて堪らないのだから。そして恐れながらも恋心を抱いてもいる。秋の空の乙女心なんて目でもないほど、風強し波高しで晴天のまま雪を降らせるのが姫様心。
そしてそれを安心させるのが、姫様の侍女である私の仕事。
「大丈夫ですよ、お茶の支度はもうすぐできますから!」
ぬかりなしです! と拳を握って力説したけれど、姫様のご心配ポイントは生憎とそこじゃないらしい。
「いや、違うんだよ……そうじゃない。」
貧血でも起こしたみたいにゆるゆると首を左右に振って、姫様はばつが悪そうに尖らせた唇で続けた。
「う、うれしい報せではあるんだよ? ただ今日はもう、その、たくさんおやつを食べてしまったから……、」
「あ。」
姫様の言いたいことが私にもわかった。
陛下は冷酷無慈悲と名高いくせにホントは可愛いものが大好き。毎日の癒しとも言える姫様とのお茶の時間を、餓狼の如く涎すら垂らしかけながら心から待ち望んでいるのだ。
毎日毎日、目の前で可愛いケーキをたっぷり食べさせて、美しい茶器でお茶を飲ませて、陛下は邪悪な笑みを浮かべながら誰より姫様を愛でている。
そのためにパティシエ軍団まで抱え込んだあのお人の前で、まさかお腹がいっぱいだなんて、私の可憐な主に言えるわけがない。
「陛下が来るまでにお腹を空かせる方法って何かないっ?」
「そんなものがあれば私は毎日使ってますよ。」
答えながらもつい半笑いになってしまった。姫様はいっぱいいっぱいすぎて頭が回ってないらしいけど、少なくともそんなことで恋愛ラリラリ脳の陛下が怒り狂うことはないだろう。
とりあえず胃の中のものが押し流れてはくれないかとその場でジャンプを始めるのは、姫様が物知らずだからなのか、天然だからなのか。私にはなんとも。
「がっかりさせたらどうしよう。」
「困っちゃいましたね。」
私は誰よりも姫様の幸せを希う身なので、よしよしでもして安心させるよう努めるしか手がない。
陛下の寵愛を一身に受けるこんなに可愛い外つ国の姫君を見て、いったい誰が予想するだろう。
――まさか本当は、その正体が男であるだなんて。
和花言葉BLSSSシリーズ
お題: ハナショウブ/花言葉「うれしい知らせ」「優しい心」「優雅」
ともだちにシェアしよう!