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039.そのままでいいのに

「あークソむっかつく!!」  叫ぶと同時にアイツは廊下の壁を蹴っている。さっきまでかぶっていた猫はどこへ逃げたんだろうか。  シュボッ! シュボッ! 繰り返されるジッポの音。うまく火が点かないのか「ちっ!」と鋭い舌打ちが入った。まもなく漂い始める紫煙の匂い。  ……まさか俺が突き当たりの角に潜んでいるとも知らず。 「なんなんだよ、あの野郎ッ! オレがどんなに頑張っても飲みになんて来てくれねェくせにッ! 女の誘いなら行くのかよッ!! なにが相談だァーッ!! くそっくそっ!」  どすどす、今度は吠えながら地団駄を踏んでいる。こっちまで床が揺れてるんだが、あのちっこい身体のどこにそんな力があるんだろう。 「あぁー……もう! もうーッ……!!」  最後にへろへろと壁伝いにしゃがみ込んで、やっとまともに煙草を味わう気になったらしい。めちゃくちゃ吸い込んでるぞ、アイツ。深呼吸かよ。 「……どうしたらこっち見てくれるんだよう。」  煙を混ぜた呟きには鼻をすする音が混じってた。  くそー。可愛い……。  俺に片思いをしているというあの男、今でこそあのざまだが、実は俺の前だと百八十度態度が変わる。目つきも姿勢も顔つきも違うし、煙草も吸わない。  にっこにっこして舌打ちひとつしないで、「コーヒーいりませんかぁ?」「一緒にメシ食いませんかぁ?」って、やけに間延びした猫なで声で話しかけてくる。媚びっ媚びだ。  俺だってアイツみたいなの、嫌いなわけじゃやい。「付き合ってください!」って頭下げられて、咄嗟にオッケーしかけたくらいだ。でもなぁ、でも違うんだ。  俺が気に入ってるのは、今の素のままのアイツで。 「……あんなふうに体当たりで告白してくれりゃ一発だったのに。」  もったいね、と思いながら、俺も壁を背にしたままポケットを探る。取り出した煙草を咥えて火を点け、腐し続ける独り言へと楽しく耳を傾けてた。 和花言葉BLSSSシリーズ お題: アカネ/花言葉「私を思って」「媚び」

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