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042.愛という名の
別れの挨拶が手紙だなんて君らしくない。
『俺のことは忘れて幸せになってください』って、私の意思は無視なのかい?
君と出会ってもう十年。あの時私は民の暮らしを見てみたい一心で、身を|窶《やつ》して城を忍び出た。
金の勘定もわからない幼い箱入りの無茶を君が見守ってくれたから、その経験のおかげで今や私は『賢君』などと呼ばれている。
見所があるからと君を騎士見習いに取り立てたりもしたけれど、結局あれは、私が君を忘れられなかったから決めたことだ。
君も最初は私の正体に驚いていたね。賢君などよりよほど分け隔てなかった君が以前の通りに接してくれたことに、どれだけ私が救われたことか。
叙任式で君が剣を捧げてくれた時の胸の高鳴りようは、政略結婚だった妻との房事よりよほど甘美だった。
なのに今は、君を騎士なんかにしなければよかったと後悔しているんだ。
明日、厳しい戦争へと発つ君を、うまく見送れそうにない。死地へ追いやる側の、この私が。
「……仕方ない、か。」
私と君の仲は秘中の秘。泣くことも縋ることもできなければ、今は嘆く暇すらない。
そして、人に見られては困る手紙など、破り捨ててしまうに限るのだ。
でも君の名とこの苦渋の心だけは決して忘れまい。心をすり減らしていく遅効性の毒のような辛苦こそ、今や唯一の私と君を繋ぐ絆。
この毒はいつか私を殺すだろう。なにせ私がそれを望んでしまっている。
だから私は、この毒の名を決して忘れるまいと、君の字が並ぶ封筒だけをそっと|抽斗《ひきだし》にしまい込んだ。
創作BLワンライ・ワンドロ
@BL_ONEhour
お題:封筒
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