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044.海の日

「お前は何者だ。」 「私はあなたの専属使用人です。」 「お前、何の資格持ってるって言ってた。」 「海技士および小型船舶操縦士一級を保有しております。」 「それで……これはどういうことだァアアッ!?」  世界に名を轟かせた有名財閥の御曹司たるこの僕が海のど真ん中で立ち往生。カモメくらいしか聞いていないとなれば、人目を憚らず叫んだりしても、行儀の悪さくらい許されるはずである。 「これは……つまり……、遭難ですねぇ!」 「わかりきったことを言うなッ!」  この使用人が船も運転できるっていうから優雅に一人でクルージングを堪能しよっかなって足を運んだってのに、なんでこんなことになるんだろう。まさか船が故障するだなんて! 「今日中に帰れないとお母様が怒るじゃないかーっ! 絶対罰に家庭教師増やされちゃうじゃないかーッ!!」  夏休みには楽しい予定を山ほど組んでいた。それが初っ端からこれじゃ、お母様は間違いなく僕の計画に難癖をつけ始めるだろう。もうちょっと大人しく過ごさせようと、あの手この手を尽くしてくるだろう。  ああ、海、広いなぁ。広大なものを見ていると人の悩みなんてちっぽけに思えてくる、なんて描写が世には数多あるけれど、そんな気分にはちっともなれない。そんな僕はさぞ自己中なのだろう、やっぱりつらい。あの国この国行くつもりだったのになぁああ……! 「そうがっかりなさらないでください。」 「元凶のお前が気安く慰めてくるな!!」  肩に乗せられた手を振り払い、潮風から逃げるように船縁で組んだ腕へ顔を隠した。  船の手配から航路からなにから、全部任せたのがいけないんだろうか。でもこの男、普段はもっと有能なんです。暗殺者を暗殺し、スナイパーを狙撃し、交通事故をジャンプでかわして、家事料理洗濯もなんでもこなすスーパーマンみたいなヤツで…… 「ん?」  そんなこの男が船で立ち往生?  なんか、妙だ。 「まあまあ、落ち着いてください。私のかわいいご主人様。」  意味深な手が潮風で乱れた僕の髪を耳にかけてくる。つっと、首筋に触れながら。 「これで一泊くらいは二人きりですよ。」 「……。」  まさか、という思いに駆られて顔を上げると、案の定。 「夏休みがおじゃんならそのお詫びに、ひと夏分の楽しいこと、私が教えてさしあげますから。」 「お前、わざとやりやがったな?」 「さて、どうでしょうね。」  手袋を捨てた手の強引なエスコート。今年の僕の夏はどうやら、波乱に満ちている模様だ。

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