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第5話 諦め
「ねえ、優月、俺やっぱあいつ嫌いだよ。」
樹が俯き、俺を見つめて言う。
「どうにもならない事を言っても無駄だよ。俺は兄さんに逆らえない。ただ、その事実があるだけだ。」
抵抗したらもっと痛くされる。酷くされる。なら、抵抗なんてしないほうがいい。抗って逃げられないのならば、そんなことに意味はない。
「でも…っ」
樹が苦しそうに顔を歪める。
「煩いよ、樹。黙って運んで。」
ただ、今はそれですら煩わしい。
「はい……。」
(…犬の耳と尻尾が見える。)
飼い犬が飼い主に怒られて落ち込むように、樹も似たような仕草をして黙って俺を運んだ。
「ほんと、どっかで野垂れ死ねばいいのに。」
そんなことが口から零れるが、叶わないことは知っている。
「樹、八時になったら起こして。」
樹にそう頼んで、再び意識を手放した。
「兄さんちょっと待って!」
「早く来いよー。遅いぞー。」
足の速い兄さんは、僕を連れ出しては遠くに放して置いていく。でも、本当に置いていくわけではない事を知っている。だって、ほら、今も見える場所で待っていてくれてる。
「も~!」
走って、走って、走って。やっと触れられる距離までに追いつく。
「やっと追いついた!もう、兄さ…」
「お前、いつから兄さんにそんな偉い口利けるようになったの?」
「え?」
兄さんから聞いたことの無いような声音で声が流れる。背も高い。
「まあいいや。じゃ、股開けよ。」
体を羽交い絞めにされ、押さえつけられ脚を開かせられる。
「やっ。」
いつもとはっきりと違う兄さんに、無我夢中で抵抗する。
「あ?」
バキッ。顔を殴られる。
「え……?」
服を脱がされ、犯される。熱い何かを、体の奥に突き刺される。
「やっ。いやっ。」
抵抗しようにも、腕は押さえつけられ、脚は開かされて動かせない。
「やだっ。やめてっ。兄さんっ。」
何かが体の奥を這っていく感覚に、吐き気がする。あってはならないところが、肉の裂けた痛みを訴える。
「やだぁっ。」
涙が溢れてくる。痛みが、激痛が体を伝う。そこで、これが夢なのだと気づく。
「痛いっ。痛いっ。やめてっ。お願いっ。謝るからっ。ごめんなさいっ。許してっ。」
心とは反対に、体はそんな声を出す。それに、俺はこんなに幼くない。ということは、やっぱりこれは夢なのだろう。なんて悪夢だ。
「やだぁっ!」
叫ぶと同時に目が覚める。
「優月!目覚めた?大丈夫?」
開けた視界の先に、心配そうな顔をした樹が映る。
「…樹。大丈夫に見える?」
夢の中での出来事のはずなのに、下腹部がじくじくと痛む。
「見えない…。ごめんね。本当は起こそうかと思ったんだけど、まだ時間になってなくて…」
そう言われて時計を見ると、時計は七時半を指していた。
「ん…いいこ。」
言いつけをきっちり守った樹を、起き上がって撫でる。
「ん…」
樹は、気持ちよさそうに頭をすりつけてくる。
「樹、時間あるし、シようか。」
樹の首に手を回し、耳元で囁く。
「優月…」
樹は、俺が首輪をつけてはいるものの、狂犬だ。枷を外すと、すぐに暴れ出す。
「なるべく優しくするね。」
そう言った樹の顔には、もう人間らしい理性的な部分なんて残っていない。
「………。」
(どうせ、優しくできないだろ、お前は。)
心の中でそっと呟いて、そのまま樹に身をまかせた。
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