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第17話

 時刻は夕刻を指し、空にはうっすらと茜色がかかってきている。  あの後、宮本が傍から離れずつきっきりになっていたが、俺が「お前の仲間に良く思われなくなるからやめろ」と顔を顰めながらいうと彼は渋々といった表情で頷いて去っていった。 それから時間が進んで昼休み、放課後になったがこれ幸いと鈴村達の影は見えず何事も受けずに帰宅するごとができた。 そして今は自宅の庭まで来ている。広いその場所には一台の青い車が止められていた。それがいつかの記憶で兄の車だとわかった。 たしか今日は兄が家に来るんだっけか。 今朝から色々ありすぎて、きのう直幸が言っていたことが遠い記憶のように思えてきていたが、今となって鮮明な記憶として甦る。 気持ちは優れないが、ここでたむろっていてもしょうがない。 俺は玄関の扉を開けた。 「ただいま」  開口で帰りの合図を言ったが、直幸からの返事がない。  不思議だと思いつつ、リビングに足を運ぶ。 「直幸っち帰るの早いじゃーん…、って奈留か。おひさー」  リビングのソファー。その上にアイスを食べながら座っている兄である佐々木瑠奈の姿が目に入った。  兄は見ない間に髪を染めたのかマッピンクの目立つ色をしていた。それに加えて、耳や口にまでピアスを付けていることが目に入り兄のチャラチャラした性分には辟易する。  俺と違って色素の薄い茶色い瞳のたれ目にそれに反した凛々しいつり眉の整った顔を生まれ持っているのに、これ以上無駄な手を加えてどうしたいのか理解し難い。 「兄さん久しぶり」  俺は兄に対して返事を返した。そして兄と同じところにいることが何となく嫌でテーブルの横にある椅子の上に鞄を置くと、ソファーと真逆の方向のキッチンに足を向けた。  そして冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出す。 「直幸はどこにいるの?」  麦茶をグラスの中に注ぎ込みながら、ふと疑問に思ったことを兄に投げかける。 「食材の買い忘れだってさ。近所のスーパーに行くって言ってたよん。ひっさびざの直幸っちの料理マジ楽しみー」 「そうなんだ」  直幸が不在の理由を知り、適当な相槌を打った。  そして麦茶が注ぎ込まれたグラスを口にあて麦茶を喉に流し込む。先ほど外にいたせいか冷えた麦茶が体にしみて心地よい。 「ていうか奈留、俺の話聞いてよ」  アイスを食べ終わった兄がアイスの棒をクルクルと回しながら後ろを振り返り俺の方を見た。 「俺さ一昨年から大学生になって、親が縁談を持ち込むようになったんだよねー」  グラスを傾かせていた手が止まる。 「そう、なんだ」  最近やたらと両親が忙しそうにしてたから仕事関連かと思ったのに、まさか兄の縁談で忙しかったとは予想だにしてなかった。  俺も大学生になったらそういう話が持ちかられるのかと一瞬頭をよぎったが、親は俺のことを不出来だと思っている。そんな子を世にだすのは彼らのプライドが許さなく、縁談など持ってこられないだろう。 「そんでね、最近困ったことがあって、縁談で可愛いΩの子を紹介されてラッキーって思ったの。それから何回か会って仲を深めたまではよかったんだけど、その子がメチャクチャ束縛強くてさー。段々と嫌になってきちゃって、ある日今後からは会わないって言ったら大激怒だよ。チョー怖いってなんので親に相談したら家に来いって言われて、そんで実家に非難ってわけよ」 「それは大変だったね」 「最初は大人しそうで好みだったんだけどなー」と兄は最後にそうぼやいた。  直幸から聞いた段階では兄がこちらに帰る理由がわからないでいたが、それが理由だったのかと理解した。  俺は会話を途切れたのを境に、グラスに残っている麦茶を一気に飲み干して置き、このまま兄と一緒の空間に居合わせるのが億劫で、椅子の上に置いていた鞄を持ち上げてそのままリビングを出ようとした。

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