25 / 30

第25話

「…まだ来てないみたいだな」  一階の空き教室の中に入ると鈴村はまだ来ていないようでホッとする。  教室の中は一週間前の状態のままを保っていて俺がぶつかった机は散乱されたままになっていて、嫌でもあの日のことを思い出してしまう。  鈴村の取り巻きの一人に捕らえられた俺は…ここで鈴村に…。  そこまで考えて首をフルフルと振った。  ここに来たのは何も鈴村に殴られたことを思い出すためではない。ここに来たのは鈴村に報復するためだ。  改めて個を奮い立たせ、そのまま乱雑に放置されていた机と机の間のちょうどいい隙間を見つけ、そこに身を潜め、持っていた鞄を置き、鈴村が来るのを待った。  夏の季節が近いこの時期は放課後であっても明るいままであったが、この中は分厚いカーテンで窓を覆っているので薄暗く周りが見えづらいし、後ろの扉は散乱された机で防がれているので、前の扉を開くしかない。教室の前だとここの位置は見つかりにくいだろう。  俺は鞄から金槌を取り出した。この金槌はこっそり家から拝借したもので、これを鈍器として鈴村を殴って気絶させる。気絶させた後は同様に家から持ってきた縄で鈴村を縛って拘束する。  そして、とその後の作戦の流れについて考える。  Ωとαの番が成立する条件である、性行為中にαがΩの項を噛むことを鈴村にやるのだ。  鈴村が本当にΩならばそこで俺との番は成立するし、形上は婚約関係に近いものになる。  今はまだ結婚適齢期に達していないので結婚することは不可能だが、そのまま年が経てば結婚という話も出てくるだろう。  そのことについては鈴村を嫌悪する俺にとってこの上なくなって欲しくない出来事なのだが今、そこはおいておくとして、鈴村の立場になって考える。  兄の話によると、鈴村は親の縁談の持ち掛けに怒って、兄たちのところへ行ったほどαとの結婚はしたくない様子であった。  その件の話と今までの鈴村の様子を察するに、鈴村は自身のΩ性を快く思っていない。だからαとの縁談は拒むし、何かのからくりによってフェロモンをなくしている。  この気持ちはΩを忌々しく思っている俺にとっても、理解できることだし、少しだけ同情もする。  だからこそ鈴村と番を成立させるのだという考えに至った。  俺と番を成立させれば、鈴村の親は縁談を持ってこなくなる。発情期についてはあるのかどうか定かではないが、あるのだとしたら、フェロモンは俺にしか作用しなく、他のαには効かなくなる。俺はこの番を成立させた後は、鈴村との性行為をしようとは毛頭思ってないので、それ以降は、望まぬ番の成立や性行為はなくなる。これは鈴村にとっても悪い話ではないだろう。  鈴村の親が持ち掛ける縁談の取りやめを条件に俺のいじめをやめさせる。  それが出来なくても俺には別の手がある。番解消だ。  番解消はαが一方的に出来る行為だ。番を解消されたΩは新たな番を作れなくなり、その上、発情期は変わらずやってくるため生涯苦しむのだと聞いたことがある。  さらに番を解消されたΩは不甲斐のないΩだと世間に白い目で見られることになる。  自身のΩ性を厭っていると思われる鈴村のことだ。Ω関係で他から白い目で見られるのはたまったことじゃないと思う。  俺との番を成立させて、縁談取りやめを条件にいじめをやめさせる。それが駄目なら、番を解消すると脅す。  そう作戦を述べただけでは簡単かのように思えるが、実際はどうなるかわからない。  俺は緊張で手が震え、金槌を持っていない方を力を込めたり緩めたりしながらほぐす。  額の汗が頬を伝って首筋に垂れて鬱陶しい。

ともだちにシェアしよう!