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 あらためて部屋の様子を見ると、あまりに生活の質とレベルが違いすぎていて、自分のどこをそこまで気に入って価値を見いだしてくれたのか、どうしても理解できない。こんな豪邸で、ドラマか映画の世界の王侯貴族ように贅沢な暮らしをしている彼からすれば、狭いアパートで地味に暮らしている自分は、さぞ貧相に映ったことだろう。 「先程の勤務態様についてなんですが」 「あ、はい」  早瀬の言葉に、莉音は居ずまいを正した。 「必要に応じて清掃をしたり食事の用意をしてもらったりという内容になりますので、殊更フルタイムで勤めていただかなくても大丈夫ですから。仕事柄、海外に行くことも多いですし、夜も会食や接待といったかたちで外で食べることもわりとありますからね」 「それは、はい。社長さんのご都合に合わせます」 「ええ。そうしていただけると助かります」  しかしそれだと、あえて自分を雇う必要はあるのだろうかとさらに疑問が深まった。 「なので、比較的自由になる時間は多いと思うんですが、ヴィンセントの提案として、通いではなく、いっそ住み込みにしてはどうか、と」 「はあ、なるほど。住み込み――って、えっ!?」  またしても意想外な提案に、さらにひっくり返った声が出た。 「えっ? すっ、住み込みっ!? って、ま、まさかここにってことですかっ!?」 「ええ、そうです。いま、まさにいらっしゃるこの家に。ご覧のとおり、部屋はいくらでも余ってますしね。家賃も浮くし、通う手間が省けて楽だろうと」 「いえっ、で、でもそんなっ! 先程社長さんは、他人がご自分の領域に踏みこむことを好まれないと、たしかそういうお話だったかと」 「まあ、そうなんですよね。だからほんと、佐倉さんの件に関しては異例中の異例なんですよ。そんなわけで私も、そこまで見初められたなら社員枠で採用してはどうか、というような提案もしたわけなんですけれども」  本当にわけがわからない。話せば話すほど混乱が深まっていく。どうしてたったあれだけのことで、ここまでしてもらえるのかがわからなかった。 「あ、社長が独身ってことで不安にさせちゃったかな」 「はい?」 「さっきのあれです。夜のお相手っていう」 「あっ!」  そのことはすでに念頭から除外していたので、話を蒸し返されて変に心拍数が跳ね上がってしまった。 「いや、あのっ、それは全然っ! ぼ、僕の思い違いだったので」 「大丈夫ですよ、心配なさらなくても」  早瀬はゆったりと応じた。 「うちの社長はあのとおり、容姿の面でも経済的にも恵まれてて、社会的地位もそれなりにある。それこそお相手には不自由しない人ですけど、だからといってむやみやたらに手を出すようなことはしないので、そこは安心してください。もちろん佐倉さんはお顔立ちも非常に整ってらっしゃって、お人柄も申し分のない好青年ですけれども。好みのタイプだからという理由だけで、不適切な関係を強要されることはまずありませんから」 「いえ、そこはあの、本当に……。その件はこちらこそ失礼しました。ちょっと深読みしすぎちゃいました。それに僕、男ですしね」  ただたんに提示された金額が相場からかけ離れていたので、よからぬことを邪推してしまっただけなのだ。 「そ、それであの、お気持ちはすごくありがたいんですけれども、住み込みについてはちょっと……。べつに警戒してるとか、そういうことじゃなくてですね」 「住み込みではなく、通いのほうがご都合がいいってことなんですね?」 「はい。家賃のこととか、いろいろ考えてくださったみたいで本当にありがたいんですけど、でも、いま住んでいる家は狭くて綺麗じゃなくても、その、母との思い出が詰まった場所なので」  ああ、なるほど、と早瀬は頷いた。 「たしかにそれは、なににも代えがたい大切なものですね。そこは、大事になさるべきだと私も思います」 「はい、ありがとうございます」 「わかりました。その点については私のほうからもヴィンセントに説明しておきましょう。あくまでも、そのほうが佐倉さんの経済的負担が減るのではないかという考えからのご提案でしたので」 「よろしくお願いします」  莉音は頭を下げた。 「こちらこそ、どうぞよろしく。我々の雇い主はあまり愛想がいいほうではないですけれど、きちんと従業員の声に耳を傾けて働きやすい環境を提供してくれる方ですから。佐倉さんも安心して、ご自分のペースでやってみてください。なにかあれば私も相談に乗りますから」  早瀬の言葉に、莉音はあらためて礼を言って頭を下げた。

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