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    第3話(2)

「あの、でもやっぱり、そういう話術って憧れます。それに語彙だけじゃなくて、発音もすごいなって思うし。顔を見ないで言葉だけ聞いてたら、普通に日本人が話してるのかなって思うくらい自然ですよね。っていうか、ひょっとして日本生まれ日本育ちだったりするんですか?」 「いや、生まれも育ちもアメリカだ。日本へは、一年ほどまえに来た。もともとこちらで仕事をする予定でいたから、日本語自体は学生のころから学んでいたけれど」 「アルフさん、いまおいくつですか?」 「三十二になる」  返ってきた答えに、ますます次元が違うと圧倒された。  いまから必死に働いたとして、十二年後に自分がこんな生活を送れているとはとても思えない。才能に恵まれていることはもちろんだが、そのうえでなお、いまの名声と地位を手に入れるために、自分にははかりしれない努力をして来たのだろうと頭が下がる思いだった。流暢な日本語も、彼のその努力の成果なのだと納得することができた。 「お褒めにあずかって光栄だが、君こそ黙っていれば、純粋な日本人には見えない容姿だと思うが」  痛いところを突かれて、莉音はぐっと言葉に詰まった。 「失礼、あまりに不躾(ぶしつけ)だったかな。日本人離れした華のある容姿が美しいと褒めたつもりなんだが」 「あ、いえ、全然」  莉音はあわてて言い訳した。 「不躾とか、そんなことはないです。華があるかどうかは怪しいところですけど、外国の血はたしかに入っているので」  ヴィンセントのような美丈夫に面と向かって言われてしまうと、なにやらいたたまれない気持ちで恐縮してしまう。だが、言った当人は謙遜することはないと涼しい顔をしていた。 「以前、写真で拝見した君のお母さんもだが、髪の色も瞳も明るくて、顔立ちも欧米の血が混じっていると言われれば充分頷ける。ちなみに、どこの国か訊いても?」 「あ、はい。アルフさんとおなじ、アメリカだそうです」  そうか、奇遇だなとヴィンセントは口許に笑みを浮かべた。カジュアルなカットソーにスラックスいう出で立ちにもかかわらず、立ち居振る舞いのひとつひとつがさまになっていて品位を感じさせる。住む世界が違う相手だなとあらためて感じた。 「あ、でも、母がアメリカと日本のハーフなので、僕に流れてるのは四分の一だけです。って言っても、母もアメリカ人の父の顔を知らずに育ったらしいので、僕たちふたりとも、日本社会では見た目だけちょっと浮いてるけど、ハーフとかクオーターっていう認識も薄くて、他人事みたいに『へ~、そうなんだ~』って感じで」  莉音はそう言って笑った。 「アメリカに行ったことは?」 「ないです。パスポートも持ってませんし。母はアメリカで生まれたらしいですけど、物心つくまえには祖母と帰国して日本で暮らしていたので、アメリカって聞いても遠い外国っていう認識しかないって言ってました」 「お母さんは、自分の父親がどんな人間かは知っていたのかな?」 「いえ、祖母はアメリカでのことはほとんど話したがらなかったそうなので、くわしいことはなにも教えてもらえなかったそうです」 「そうか」  そう考えると、自分は母と自分のルーツをなにも知らないのだとあらためて思い知った。  祖母はすでに他界しているが、祖父はまだ、健在でいるのかどうかすらもわからない。母も母子家庭で育ち、自分もまた、小学校に上がる年に事故で父を喪い、父親という存在をほとんど知らずに育った。そしていまは、母もまた……。  知らず知らずのうちに、吐息が漏れる。  母親が明るく前向きな人だったので、これまで深く考えることはなかったが、肉親の縁が薄い家系なのかもしれない。 「すまない、なんだか尋問のようになってしまったな。憂鬱にさせてしまったかな」 「あ、いいえ。そんなことはないです。気にしないでください」  気遣うように言われて、莉音のほうがあわてた。  ほんのちょっとした表情の変化からも相手の心情を敏感に酌み取る。若くして成功をおさめる人間というのは、こういった部分でも凡人とは大きく違うのだとしみじみ感心させられた。 「そういえば、あのときの犯人って、もう見つかったんですか?」  気まずいので急いで話題を変えてしまう。というより、莉音のほうでもずっと気になっていたことだった。  高井戸署の山岡からはその後とくに連絡はないし、早瀬からも進展があったというような話はなにも聞いていない。莉音の送迎がやけに厳重なのは、そのせいもあるのだろうかと気にかかっていた。 「いや、いまのところはまだ見つかっていないそうだ」  案の定、ヴィンセントの口からも予想したとおりの答えが返ってきた。 「そうなんですか。早く捕まるといいですね」 「そうだな」  答えたヴィンセントは、どこか掴みどころがない淡々とした表情をしていた。

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