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    第3話(1)

 明るい場所であらためて部屋の惨状を見ると、寒々しい気分が押し寄せてきた。  被害に遭った当日は、衝撃が強すぎて頭が真っ白になってしまい、どこか他人事のようにも思えていた。夢の中の出来事に感じていたと言い換えてもいい。だが、日にちが経って冷静な目で状況を見られるようになると、なんとも言えない嫌な気分がこみあげてきた。  恐怖と怒り、嫌悪、そして気味の悪さと。  それでも、母がいなくてよかったと思う。  母が健在で、空き巣が押し入ったその場にいたとしたらと考えただけで背筋が凍る。それは、自分があのとき在宅していたら、と考える以上に怖いことだった。  ヴィンセントは殊更なにも言わなかったが、おそらく莉音の心中を察してくれたのだろう。いつもと変わらず、ごく淡々とした様子で部屋に上がると軍手を嵌め、ゴミ袋を用意しはじめた。おかげで莉音もすぐに落ち着きを取り戻し、片付け作業に入ることができた。  割れたコップや皿を片付け、散乱した衣類や書籍類、その他諸々の日用品などを仕分けしてそれぞれの収納場所に戻していく。使えないと判断したものや不要品などは、その場で判断して()り分けていった。  ヴィンセントがじつに効率よく用途別に分類してまとめていってくれたため、莉音はその分類に基づいて判断し、片付けていくことができた。途中、持参したサンドウィッチで昼休憩を取ると、まるで遠足に来たようだと喜んでくれて、それもまた、ともすると沈みがちになる気分を浮上させてくれた。  母の持ち物は、まだなにひとつ処分しておらず、手もとに残したままになっている。だがそれも、いずれはきちんと整理していかなければならないのだとあらためて冷静な気持ちで思えるようになった。  荒らすだけ荒らして結局なにも盗らなかったのは、置いたままになっていた通帳すらも価値がなかったということなのだろうか。むろんたいした金額ではなかったが、それでも開店資金のための蓄えと莉音の学費、母の保険金などが振り込まれていたはずだった。  犯人はどんな思いでこんなことをしでかしたのかとその心情を探ってみたくなる。期待したほどの金品が見つからなかったことに腹を立て、これ見よがしにその怒りをぶちまけた結果なのか、それともはじめからなにも盗るつもりはなく、たんなる嫌がらせ目的で侵入してメチャクチャにしていっただけなのか。  理由が後者にあるのなら、それはそれでかなり怖い。それだけの悪意を持った人間が身近にいることになるわけで、該当しそうな人物は思いつかず、それだけの恨みを買ってしまっているのだとも思いたくなかった。  いずれにしろ気持ちが悪いことに変わりはない。いろいろなことが釈然としなかった。 「思ったより早く片付きそうだな」  陽が傾いてきたころにヴィンセントが呟いた。 「アルフさんのおかげです。本当に助かりました」 「役に立てたのならよかった。無理を押して同行した手前、逆に足手まといになっていたら面目がまるつぶれになるところだった」  ヴィンセントは軽い調子で言って笑う。  冷蔵庫の中身もチェックして、処分するものとまだ食べられるものとを分別し、調理に使えそうなものはマンションに持ち帰ることにした。ついでに、前回は必要最小限の着替えしか持っていくことができなかったため、大きめのバッグに衣類も詰めていく。それから、テーブルの上にまとめておいたノートの束をあらためて手にとった。 「それは?」  ヴィンセントに訊かれて、いちばん上の冊子の表紙を捲って中を見せた。

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