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    第1話(2)

「大丈夫だ。もう二度と、あんな危険な目には遭わせない。私が必ず守ってみせる」  その言葉に、莉音はギュッと目を閉じてヴィンセントの服を握りしめた。 「そんなのダメです。アルフさんをこれ以上、危険な目に遭わせられない。最初のときだって、あんな酷い目に遭ったのに……」  そうだ。最初のときも、自分はこの腕に守られて危険を回避することができた。あのとき打ちどころが悪かったら、ヴィンセントはいまごろ生きてはいなかったのかもしれない。そう思うと、別の意味で怖くなって躰がふるえた。 「もう一度おなじことが起こったら、そのときは僕にかまわず逃げてください。アルフさんになにかあるほうが、ずっと嫌です。耐えられない」 「それはできない。私は自分の身の安全より、君を守ることを優先する」  莉音はヴィンセントの腕の中で、首を横に振った。 「ダメです、そんなの絶対ダメ。だったら僕は、仕事を辞めてこの家から出て行きます」 「莉音っ、なにをバカなことを!」 「本気です。だってアルフさんには、僕なんかよりずっと守らなきゃいけない、たくさんの社員さんたちがいるんですから」  ヴィンセントに万一のことがあったら、自分にはとても責任など取れない。莉音はそう言って必死に訴えた。  理由も、相手が何者かもわからずに狙われるのは怖い。だが、自分のせいで関係のない人間が巻きこまれ、危険に晒されるのはもっと怖かった。そのせいで、生命を落とすようなことになったらと考えるだけでも耐えられなかった。 「莉音、落ち着きなさい。私は大丈夫だから」 「大丈夫じゃありません。全然大丈夫なんかじゃない! だって、母さんはそのせいで死んじゃったかもしれないのにっ」 「莉音っ」  そうだ。その考えがさっきからずっと頭にこびりついて離れない。今日の出来事も、空き巣のことも、ヴィンセントが怪我をしたときのことも、ほかに原因や理由があるかもしれないと思うそばから、全部自分のせいだったのではないかと思えて、それを振り払うことができなかった。  だってあの男は、間違いなく自分を狙っていた。空き巣に入られたのも自分の家だった。ヴィンセントも、家のすぐ近所で暴漢に襲われた。  すべてが偶然だったのだと思おうとしても、ほかに原因や理由があるのだと思おうとしても、どうしても全部自分のせいにしか思えなかった。 「母さんの死は、不慮の事故だったんだってずっと思ってました。だけど、だけどそうじゃなかったのかもしれない。全部僕のせいで、だから母さんも巻きこまれて生命を奪われちゃったのかもしれなくて、そのうえ……そのうえアルフさんまでどうにかなっちゃったら、僕は、僕は……っ」 「莉音!」  両の頬を強く掴まれ、無理やり顔を上げさせられた。あざやかな輝きを放つ青い瞳が、怖いくらい真剣に莉音を見つめていた。 「そんなことは絶対にない。いままで起こったことは君のせいなんかじゃない。これまでのことも、お母さんのことも全部。私が保証する」  まっすぐな眼差しを向けられて、パニックを起こしかけていた気持ちがスッと鎮まった。 「で、でも、アルフさん。僕……」 「安心しなさい、莉音。私には君を守る力も、自分自身を守る力もある。決して君を独りにしたりはしない。君が望むかぎり、そばにいると約束しよう」 「あ……」  ヴィンセントの親指の腹が、いたわるように頬を拭う。莉音はそれで、はじめて自分が泣いていたことに気がついた。 「ひとりで頑張らなくていい。私がそばにいて、君を守るから」 「アルフ、さん……」  気がゆるんだら、溢れ出す涙を止めることができなくなった。ヴィンセントは、そんな莉音の頭を引き寄せて優しく撫でた。  あたたかな手に髪を梳かれるのが心地よく、莉音はヴィンセントの抱擁に身を任せてひろい胸に縋りつく。なんの気負いもなくだれかに頼れることが、こんなにもホッとできることなのだとはじめて知った。思えば母がいたときも、ふたりで生きていくためにしっかりしなければとつねに気を張っていたような気がする。 「いい子だ、莉音。なにも心配しなくていいから」  耳もとで響く、低い、艶のある声が心地いい。  しゃくりあげる莉音をなだめるように、大きな手がポンポンと一定のリズムで背中を叩く。額に口づけが落とされ、深い安堵感に満たされながら、莉音はさらにヴィンセントに身を預けて目を閉じた。その目尻から、ふたたび涙が零れ落ちる。 「莉音」  気づいたヴィンセントが、顎に手を添えてわずかに上向かせた。額の上にあった唇が、頬に移動して涙を吸いとる。莉音がそれを受け容れると、今度は唇の上に優しいキスが降ってきた。  驚くより先に、ヴィンセントから与えられる情愛に満ちた優しさが心地よくて、莉音はそれさえも素直に受け止めた。  (ついば)むようなキスが顔中に落とされる。そして最後にもう一度、唇を塞がれた。 「……っん…っ」  角度を変え、何度も啄まれるうちに、いつしかそれは、熱を帯びた濃厚なものへと変化していった。

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