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    第1話(4)

 ハッハッと息を喘がせ、硬直した躰がゆっくりと弛緩していく。全身が気怠(けだる)くて、手足が重かった。そんな莉音の額に口づけを落としたヴィンセントは、愛しげに頭を撫でた。 「いい子だ、莉音」  囁いたヴィンセントは、身を起こす。 「躰を拭くものを持ってきてあげるから、待ってなさい」 「え? やっ!」  莉音は咄嗟に、ヴィンセントの腕に縋りついていた。 「莉音?」 「嫌、です。お願い。このまま、最後まで……」  それだけを言うのが精一杯だった。  恥ずかしすぎて、顔を上げることができない。こんなことを言う自分を、ヴィンセントはどう思っただろう。そう考えるだけで、顔から火が出そうだった。 「莉音、本気か? だけど君、経験は?」  訊かれて、莉音は俯いたままかぶりを振った。 「……ない、です。一度も」  ふたりのあいだに、沈黙が訪れる。莉音は早くも自分の言動を後悔していた。  恐ろしい目に遭った莉音の動揺を鎮めるために、ヴィンセントはその恐怖心を取り除き、発散させる手伝いをしてくれたにすぎない。それなのに、その優しさを真に受けて、縋るような真似をしてしまった。  ヴィンセントの口から、不意に深い吐息が漏れた。  莉音はビクッとして身を縮めた。いっそ、この場から消えてなくなってしまいたかった。 「ご、ごめんなさ……」 「まいったな」  パジャマの襟もとを掻き合わせ、泣きたい気持ちで俯く莉音の傍らで、ヴィンセントは苦々しげに呟いた。 「こんなこと、するつもりはなかったんだが」 「す…みま、せ……。僕のせいで……」 「莉音、そうじゃない。私は自分に腹を立てている」  いたたまれない気持ちで謝罪する莉音に、ヴィンセントは言い含めるように言葉を紡いだ。 「分別のある大人として、君を守るべき立場の人間として、私は雇い主の責任を果たすべきなのに、こんなふうに君が弱っているところにつけこむような真似をしてしまった。それどころかいまも、私を求めてくれる君に応えたいとさえ思っている」  思わず莉音は顔を上げた。そんな莉音に、ヴィンセントは心底困ったような笑みを浮かべた。 「君を愛おしいと思う気持ちが止められない。私は、雇い主失格だな」  莉音はくしゃりと顔を歪めた。 「そんなこと、ないです。僕、アルフさんが好きです。すごく、好き……。全然釣り合わないし、男だし、迷惑ばかりかけてしまってそばにいるべきじゃないってわかってるけど、でも、やっぱりそばにいたい。アルフさんに、そばにいてほしい……」 「そうだな。私も手放したくないと思っているよ。だからいっそのこと、自分のものにしてしまうことで繋ぎ止められたらというずるい計算も働いた」 「ずるくないです。僕も、アルフさんのものになりたい。アルフさんのものにしてほしい。アルフさんが、もし嫌じゃないなら。今日だけでいいから」  頬に手を添えると、ヴィンセントは莉音の額に口づけた。 「嫌なわけがない。欲望に負けて、最初に手を出してしまったのは私のほうだ。君はいま、自分が私に釣り合わないというようなことを言っていたが、私はむしろ逆だと思っている。莉音、君は若くて、とても魅力的だ。だから早瀬がときどき『おじさん』呼ばわりしているような私では、相手として申し訳ない気がしている」 「そんなことないです」  莉音は即座に否定した。 「アルフさんは、全然おじさんなんかじゃないです。さっきも、すごく嬉しくて幸せでした」 「本当に? じゃあ、つづきをしてもいい? 最後まで抱いても?」  抱きしめられて、莉音は肩口に顔を伏せたままうんうんと何度も頷いた。 「はじめての相手は、私ということになってしまうね。本当は、女性のほうがいいのだろうけれど」 「アルフさんがいいです。アルフさんじゃなきゃ、やです……」 「莉音、あまり煽らないでくれ」  加減ができなくなると苦笑しながら、ヴィンセントは抱き寄せた莉音の首筋を思わせぶりにそっと撫でた。 「あっ」 「莉音、スキンは持っているか?」  艶のある声で囁かれて、莉音はゾクリと背筋をふるわせる。 「スキ、ン……?」 「あ~、つまりその、コンドームのことなんだが」  言われて、莉音はカァッと耳まで熱くなった。 「な、ないです。持って、ませ、ん……」 「そうだな。当然だ」  そんな莉音を見て、ヴィンセントはやわらかく笑んだ。 「最後までするのなら、ここは狭い。おいで」  ヴィンセントは莉音を抱き上げると、客間を出て部屋を移動した。

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