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    第2話

 恋人宣言をして以降、ヴィンセントは莉音に対してこれまで以上に過保護になった。  夕食は自宅でとることが多くなり、週末に持ち越した仕事は会社に出向かず在宅で処理することが増えた。  有名パティスリーの洋菓子を手土産に帰宅したり、夜の時間帯も楽しめる水族館やレイトショーに誘われたり。お洒落なカフェやレストラン、高級料亭などにもことあるごとに連れて行ってくれた。  ヴィンセントの運転で、夜の海辺をドライブすることもあれば、週末、一泊二日で温泉旅行に出かけることもあった。  仕事関係の付き合いであったり、新規事業に向けての下準備も兼ねた視察の意味合いもあったりするのだと言っていたが、自宅アパートに戻ることもできず就職活動も中断。日がな一日、家事をしながらヴィンセントの帰りを待つ生活をつづけている莉音を気遣って、意図的に連れ出してくれていることは明白だった。  そして夜には必ず、「おいで」と手を差し伸べられてヴィンセントの寝室に連れて行かれる。  さすがに毎夜抱かれることはないが、それでもそれなりの頻度で求められた。  巧みな愛撫で全身をくまなくトロトロにとろかされて愛され、啼かされる幸せな時間。  ヴィンセントの逞しい雄を受け入れる際、苦痛より快感がまさるようになったのはいつごろからだっただろう。 『莉音』  情慾の滲む甘やかな声で名を呼ばれ、愛おしむように肌に触れられると、それだけでぐずぐずに溶けてしまいそうになる。セックスのとき以外でも、ヴィンセントはハグやキスなど、折りにつけ莉音に触れてくるようになった。  溺愛、という言葉が相応(ふさわ)しいほど甘やかされ、大切にされている。そのことが嬉しい反面、少し怖くもあった。  女性ならば、ゆくゆくは伴侶となることもできるだろう。だが莉音は、ヴィンセントとおなじ性を持つ男で、国籍も異なる日本人なのだ。どこまでいっても他人という枠を超えた関係を築くことができない。その他人という立場で、この先もヴィンセントに守られ、養われつづけることなどできるはずもなかった。ヴィンセントも、いずれはアメリカに帰国する日だってくるかもしれないのだ。  せめてきちんと仕事に就いて自立することができれば、いまよりもう少し自信を持って恋人という立場を受け容れることができるのかもしれない。けれども実際は、満足に職探しをすることもできず、囲われ者のような境遇に甘んじている日々である。  将来の見通しすら立たない現状は、ヴィンセントのそばで幸せを感じられるぶん、よりいっそう惨めで不安な気持ちとなって莉音の胸の中に溜まっていった。  そんな莉音の抱える鬱屈を、身近にいて察する部分があるのだろう。ヴィンセントは日増しに優しくなっていく。不自由のないように。退屈することがないように。つねに心が満たされて、注がれる愛情でいっぱいになっていられるように。  それが、切ない。  高井戸署の山岡から連絡が入ったのは、そんなさなかのことである。アパートでの誘拐未遂事件があったひと月後のことだった。電話の内容は、容疑者と思われる人物の身柄を押さえたので、面通しをしてほしいという要請だった。ヴィンセントにもすでに連絡済みとのことで、通話が切れたその直後にヴィンセント自身からも電話が入り、すぐに車をまわすので出かける準備をするよう告げられた。  急いで身支度を調えて階下に降りていくと、ヴィンセントを乗せた車はすでにマンションのエントランス前に到着していた。  後部座席から顔を覗かせたヴィンセントにうながされて、その隣に乗りこむ。すぐに発進した車の中で仕事は大丈夫なのかと尋ねると、この件以上に優先すべきことはなにもないという即答が返ってきた。

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