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第3話(1)
高井戸署で山岡に出迎えられた莉音とヴィンセントは、ある一室に通された。
スチール製の長テーブルとパイプ椅子が数脚置かれただけの殺風景な小部屋で、壁の一部にカーテンらしきものが掛けられている箇所があった。
「すみませんね、お忙しいのにいつも急なお願いで」
山岡は恐縮しつつも愛想のいい笑顔で言った。
「でも、おふたりそろっていらしていただけて助かりましたよ。隣が取調室になりますんで、こちらからご確認いただけますか?」
言いながら、壁に掛けられているカーテンを開いた。
「ドラマなんかで観たことがありますかね? ご存じかもしれませんが、マジックミラーになってて向こうからこちらの様子はわかりません。安心して、じっくり見定めてみてください。そのうえで被疑者の顔に見覚えがあるかどうか、教えてほしいんです」
山岡の言葉に、莉音はこくりと唾を飲みこんだ。その緊張を読み取ったのだろう。ヴィンセントが傍らに立って、力づけるように肩に手を置いた。振り仰ぐと、すべてを承知した様子で、青い瞳が意味深に瞬いた。
「この部屋、一応防音にはなってますけど、あまり大きな物音はたてないよう気をつけてくださいね」
山岡が注意をうながしたすぐあとに、扉が開いて捜査官と立会の事務官らしき人物、そして被疑者と思われる男が現れた。その姿に、莉音は知らず知らずのうちにビクッと身を竦ませる。うっそりと気怠 げな様子を見せるその人物は、屈強そうな躰付きをした、大柄な男だった。
莉音の見ているまえで、男は捜査官にうながされてテーブルを挟む恰好で向かい合って座った。その態度は終始投げやりで、すべてのことがどうでもよさそうにそっくりかえっていた。
反社会的勢力と繋がりを持つ準構成員で、莉音の自宅アパートが空き巣被害に遭った当日と未遂に終わった拉致事件の当日、それぞれに周辺の防犯カメラの映像に映っていたことから、くだんの人物が容疑者として浮かび上がったとのことであった。過去に、強盗と傷害による逮捕歴ありとのことである。
「……準構成員?」
腑に落ちない様子で呟いたヴィンセントに、山岡は向きなおった。
「ああ、準構成員というのはですね――」
「いえ、大丈夫。言葉の意味はわかります。そうではなく……」
説明しようとした山岡を制し、なにかを言いかけたところでヴィンセントは口を噤んだ。
「なにか、気になることでも?」
ヴィンセントの様子を窺いながら、山岡は尋ねる。しばし難しい顔でなにごとかを考えこんでいたヴィンセントは、すぐに山岡に向かって首を振った。
「ああ、いや、失礼。なんでもないので気になさらず」
ヴィンセントの顔をじっと見ていた山岡は、それ以上問い質 すことなく莉音のほうに視線を向けた。
「どうでしょう。あの顔に見覚えはありますか? もしくは、顔見知りであったりというようなことは?」
ミラーガラス越しに取り調べの様子を注意深く観察していた莉音は、わかりませんと小さな声で答えた。
「知り合いとかではないです。ただ、あのときの犯人だったかというと、フードをかぶっていてマスクもしてましたし、目が合ったのもほんの一瞬で、ものすごく動転していたのでくわしいことは全然憶えていなくて」
「そうですよね。背後から抱えこまれたっていう話でしたしね。こう、抱えこまれた状態で、たまたま上から覗きこまれる感じで目が合った、と」
「そうです」
すみませんと謝る莉音に、山岡は気にしないでくださいと鷹揚に頷いた。
「あの、でも、僕よりずっと大柄だったので、体格的にはあのぐらいあったのかなって」
「一八八ありますからね。日本人男性の平均身長からすると、かなり大きい部類かと。ヴィンセントさんは、男を間近でご覧になったんでしたよね?」
如何です?と意見を求められて、ヴィンセントは取調室に目線を向けたまま、考えこむように口を開いた。
「たしかに、あのときの男も私と大差ない身長だったかと。とはいえ、やはりフードとマスクで顔が隠れていたので、同一人物かどうかは断定することが難しい。目もとと骨格は、似ているようにも思いますが」
その後もしばらく取り調べの様子を見たあとで、その日の面通しは終了となった。
「お忙しい中、ご足労いただいてありがとうございました。あとはこちらで引きつづき捜査を進めますのでお任せください。またなにか進展があればご連絡します」
山岡に見送られて、莉音はヴィンセントとともに高井戸署をあとにした。
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