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    第1話(3)

「知りません。そんな指輪、見たこともないです」  莉音は正直に告げたが、シャーロットは信じなかった。 『あなた、二月にお母様を亡くされたそうね』  唐突に言われて、莉音はビクリと反応した。  なにを言いたいのだろうと(いぶか)るまもなく、シャーロットは畳みかけた。莉音に対して、優しく紳士的な一面しか見せることがなかったアルフレッド・ヴィンセントという男は、目的のためには手段を選ばない人間なのだと。 『わたしと結婚することで、アルフにはPSグループ社長の娘婿という立場から経営に携わることができるようになる。でもね、お祖父さまが多恵に贈った指輪――いいえ、この際価値があるのはダイヤモンドそのもので、指輪自体についてはどうでもいいことなのだけれど、ともかく、その宝石を手に入れることさえできるなら、それ以上に確実に会社組織の中で揺るぎない地位と権力を手に入れることができるの』  シャーロットの説明に、莉音は悚然(しょうぜん)とした。  ヴィンセントが莉音に近づいたのは、ダイヤの在処を探るため。シャーロットは、たしかに莉音に対して最初にそう言ったが、いまの話の流れでは、ダイヤを手に入れるためにヴィンセントが母を殺したことになりはしないか。 「そんな、嘘です……。僕は信じない」  莉音はゆるゆると首を振りながらわずかに後退(あとずさ)った。 「アルフさんは、そんな人じゃないです」  そうだ、自分は信じない。彼が自分に向けてくれた優しさや愛情はすべて本物だった。  ひょっとしたら、その手の詐欺に遭った人たちは皆、おなじようにそう思うのかもしれない。自分もまた、おなじ罠に嵌まっているのだとすれば、他人の目から見て、さぞ滑稽に映ることだろう。それでも、莉音はヴィンセントから与えられた優しさが偽物だったとは思えなかった。  彼がどんなふうに自分を見つめ、どんなふうに触れてくるのかをだれより自分がよく知っている。その彼が、人の生命を――莉音の母を殺して、平然としていられる人間だとは思わなかった。 『信じないのはそちらの自由だけれど、なにもかも、話がうますぎると思わない?』  シャーロットの言葉に、莉音は眉宇(びう)を顰めた。 『あなたがアルフに誘われて食事を楽しんだその夜に空き巣に入られて、その片付けをするためにアパートに戻ったタイミングで押し入ってきた男に連れ去られそうになった。同行していたアルフは、なぜかそのとき席をはずしていてあなたのそばにはいなかった。そもそも、あなたたちが最初に出会ったのもあなたの家の近くだった。彼の会社も自宅も港区。その彼が、あんな時間、あんなところになんの用事があったというの?』  シャーロットが言葉を重ねるほどに、莉音の顔が硬張っていく。 『それになにより、出会った当初に記憶を失ったというあれは、本当だったのかしら? 翌日には、すぐに記憶を取り戻したんでしょう? 都合がよすぎやしない? 彼ほどの人が、身分証も携帯も財布も持たずに出歩くなんてことがあるかしら? あなたに近づくためにわざとそうしていたとしか思えない。記憶喪失も全部嘘。目的は、あなたに近づいて必要な情報を探り出すため。あの男たちも、彼が雇い入れて仕組んだ茶番。ね? 全部、辻褄が合うでしょう?』  組んでいた足を、思わせぶりに組み替えながらシャーロットは嫣然(えんぜん)と微笑んだ。 「ど、して……、そんなにくわしいんですか?」  莉音の問いかけに、勝ち誇った笑みを浮かべていたその唇が、さらに大きく吊り上がった。 『当然じゃない。あたしは彼のパートナーなんだから』  完全に血の気が失せた顔で莉音は大きく喘ぐ。そのさまを、室内の明かりを反射した宝石のような碧眼が満足げに眺めていた。

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