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第2話
ホテルの正面玄関を出たところに見慣れた車が停まっていた。運転席にいたのは早瀬で、ヴィンセントに連れられて莉音が車に乗りこむと、にこやかに振り返った。
「莉音くん、大変でしたね。お疲れさま」
それ以上余計なことはなにも言わず、すぐに車を発進させる。車がホテルの敷地を出たところで小さく息をついたヴィンセントは、莉音を自分のほうへ引き寄せて気遣うように顧みた。
「莉音、本当にすまなかった。痛むか?」
左頬に触れる手に深い安堵をおぼえながら、莉音は大丈夫だとかぶりを振った。
「来てくれて、ありがとうございました。あの、でもどうしてわかったんですか?」
尋ねた莉音に、ヴィンセントは珍しく気まずげな表情を見せ、視線を逸らした。
「愛の力じゃないでしょうかね」
言いよどむ主にかわって、軽い調子で早瀬が口を挟む。ヴィンセントは、途端に苦虫を噛み潰したような顔になった。
「早瀬、余計な口を挟むな」
「申し訳ありません、社長。以後差し控えます。ですが、差し出口ついでにもうひとつだけ。莉音くんが今日、長旅でお疲れの社長のために、食事の作り置きをしてくれています。帰ったらおやすみになるまえに、しっかり召し上がってください」
聡いヴィンセントは、それでなにがあったのか大体のところを察したのだろう。大きく溜息をつくと、かすかに首を横に振った。
「莉音、余計な手間をかけさせてすまない。仕事探しで忙しいときなのに」
「僕は大丈夫です。それよりアルフさんが……」
昼間見たマンションの様子を思い出して、莉音は表情を曇らせた。そんな莉音の様子を見て、ヴィンセントはなにかを決意したように口を開いた。
「莉音、私からすべてをきちんと説明したい。できればこのまま一緒にマンションに来てもらいたいのだが、頼みを聞いてもらえるだろうか? もちろん、もし嫌なら杉並の家まで送り届ける」
ヴィンセントの申し出に、莉音はすぐに了承の意を示した。どうせこんな中途半端なままではなにも手につかない。どうすればいいのかもわからないままだった。自分の血筋のことも、ダイヤや、レナード・スペンサーの遺言に関することも――
「行きます。ほかのだれでもない、アルフさんの口からちゃんと全部聞きたいから」
莉音の返答を聞いて、ヴィンセントは安堵したように頷いた。
「ありがとう」
莉音もまた、そんなヴィンセントに頷きを返す。
わからないこと、知らなかったことをすべてあきらかにして、これからどうすべきかを見極めたい。きちんと自分の頭で考えて、結論を出そうと思った。
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