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「シャーロットさんと結婚して親族になったアルフさんにその権利が与えられれば、アルフさんはPSグループの中で絶対的な地位と権力が保障されることになる。だからシャーロットさんは、アルフさんのために、なにがなんでも指輪を手に入れようとしてたんだと思います」 「莉音。莉音待ってくれ、私は――」  言いかけたヴィンセントは、不意に口を噤んだ。 「いや、とりあえず私の言い分はあとにしよう。それで? 彼女にその話を聞かされて、君はなんと?」  莉音はヴィンセントの顔をじっと見た。 「アルフさん、そのまえにひとつだけ教えてください。僕は、レナード・スペンサーという人の孫なんですか? 母さんは、その人の娘?」  莉音の顔をまっすぐに見返したヴィンセントは、やがてはっきりと頷いた。 「そうだ」  莉音は大きく息を呑んだ。  これまでどんなにシャーロットから聞かされても、どこか他人事のようで現実味を伴わなかった血縁の話が、ヴィンセントのいまのひと言で、たしかな事実へと変わってしまった。なにより、ヴィンセントはやはり知っていたのだと、そのことに軽い衝撃を受けた。  彼ほどの人間が知らないはずもない。わかっていても、いまのいままで、なぜなにも言ってくれなかったのだろうと責める気持ちと疑う気持ちが湧いてきてしまう。それがつらかった。 「アルフさんは、僕がだれなのかを知っていて近づいたんだって、今日、シャーロットさんに言われました」  莉音は、目の前のテーブルにぼんやりと視線を落としたまま呟いた。 「……そっか、知ってたんですね。僕のことも、ばあちゃんや母さんのことも」 「知っていた。なにをどう言ったところで言い訳にしかならないが、それが事実であることは間違いない」  莉音はテーブルを見つめたまま、そうなんですね、と力なく笑った。 「言ってくれたらよかったのに。そしたら指輪、探したのに」 「莉音、私は――」 「僕、ダイヤの指輪なんて知らないんです。うちにそんな高価な物、あるはずないって思ってたし、実際見たこともなかったから。母さんが亡くなったあとも、少しだけ遺品整理みたいなことをしてみたことがあったんですけど、そのときも、それらしいものは見かけなかった。でも、もし探して見つけてたら、アルフさんにだったらすぐ渡したのに。僕が持ってても、しょうがないから」 「莉音、そんなことを言うものじゃない」 「アルフさん、最初にうちのそばで変な男たちと揉めてたでしょう? それがきっかけで知り合いになって、このマンションでお仕事させてもらえるようになって」  莉音は変わらず、視線をテーブルに落としたまま話しつづけた。 「シャーロットさんにね、言われたんです。偶然にしては全部ができすぎてるだろうって。アルフさんの記憶もたった一日でもとに戻って、はじめて食事に誘ってもらった日に空き巣に入られて。その片付けにアパートに戻ったタイミングで僕が攫われそうになったときも、アルフさんはたまたま電話で席をはずしてた」  莉音はそこで、ようやく自分を見つめているヴィンセントの顔を正面から見返した。 「あまりにもよくできすぎてて、すごく都合がいいってシャーロットさんに言われました。それは全部、アルフさんが最初から仕組んでいたことだったからだって」  ヴィンセントは微動だにしない。ただじっと、感情の窺えない顔つきで莉音を()つめつづけていた。 「あとね、アルフさんは目的のためには手段を選ばない人なんだって、そんなふうにも言われました。アルフさんはダイヤの指輪を手に入れるために僕に近づいて、そのアルフさんが僕に近づくまえ、遺言書のことがあきらかになったあとに母さんが事故で亡くなって、そのタイミングもどこかおかしいって。それがどういうことなのか、ちょっと考えたらわかるんじゃないか、みたいなことも言われて」  ヴィンセントはやはり、なにも言わずに莉音の顔だけを視つめている。だが。 「でも僕は、そんなの信じないって言いました」  莉音のひと言に、わずかにハッとしたように表情を動かした。 「アルフさんはそんな人じゃないってことを、だれより僕が知ってるからって。だから僕は絶対信じないって、そう言って、それでシャーロットさんをすごく怒らせて叩かれました」 「莉音」  座っていたソファーを降り、ヴィンセントは床に膝をついた。  莉音の手を握りしめて、見上げてくる。両手で包みこむように手を取った後、右手を離して、いまだ赤みの強い左頬にそっと触れた。莉音もまた、その掌にみずからの頬を寄せた。 「僕が知ってるのは、僕のことをとてもとても大事にしてくれた、優しいアルフさんだけだから」  頬に触れていた手が首の後ろにまわされ、ヴィンセントのほうへ引き寄せられる。莉音はその誘導にしたがって、ヴィンセントの肩口に額を預けた。  後頭部から首筋にかけて、あたたかな手が何度も何度も撫でる。莉音がよく知っている、自分をだれよりも愛おしんでくれる、優しいぬくもりだった。

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