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 やがて、腕を解いて躰を離したヴィンセントは、なおも(ひざまず)いたまま莉音をまっすぐに見つめた。 「たしかに、あまりにもよくできすぎている。だが、はじめて会ったあの夜、私は君に会いに行こうとしていた」  無言のままわずかに目を瞠る莉音を見て、ヴィンセントは頷いた。 「私はずっと、君を捜していたんだ。君と、君のお母さんを」 「……僕と、母さんを?」  そうだ、とヴィンセントはもう一度頷いた。 「事業進出という目的ももちろんあったが、私はそのために日本に来た。レナードに、君のおばあさんである多恵と、その娘を捜してほしいと頼まれていたから」  その経緯についてきちんと説明をするため、ヴィンセントは莉音の隣に座りなおした。 「私はレナードに恩義がある。私の家も、君の家とおなじ母子家庭でね。私が子供のころ、母はスペンサー家で住み込みの使用人として働いていた」  驚く莉音に、ヴィンセントは穏やかな眼差しを向けた。 「私の母と君のおばあさんはとても境遇が似ている。もちろん母がレナードと主従を超えた関係になることはなかったけれど、早くに離婚して、女手ひとつで子供を育てながら住み込みの仕事をする母の姿は、レナードに忘れられない女性の姿を思い出させたんだろう。ひとりで子供を育てながら、母はとてもよく頑張っていると、ことあるごとに褒めてくれた」  その忘れられない女性というのが、祖母の多恵であったことは想像に(かた)くない。 「レナードは、母と一緒にスペンサー家で世話になっていた子供の私にも、とても目をかけてくれてね。用を言いつけるかわりにお駄賃だと言ってお小遣いをくれたり、出張帰りにはお土産をわざわざ買ってきてくれたりもした。経営のノウハウについても、私は彼からさまざまなことを学んできた」  そして、学生時代に起業することを決めたヴィンセントに、進んで出資してくれたのもレナード・スペンサーだったという。それは、奨学金で大学に通っていたヴィンセントには破格とも言えるような莫大な出資額で、その金額の大きさが、レナードのヴィンセントに対する期待の大きさと、成功を確信する未来への展望を物語っていた。 「彼のおかげで、私はいまの自分の基礎となる最初の第一歩を踏み出すことができた。彼を通じて各界の要人と知遇を得る機会にも恵まれたし、事業を展開させるうえで重要なアドバイスや情報、さまざまなチャンスを得ることもできた。そうやって少しずつ人脈をひろげて成功をおさめていく中で、長年の夢だった日本への進出も叶えることができた」 「夢、だったんですか? 日本に会社を作ることが?」 「そう。私はね、長いこと日本に憧れていた。いつか日本で仕事をするために、学生時代から日本語も学んできたと言っただろう? レナードが時折語り聞かせてくれた、日本人女性の姿がとても強く印象に残っていたせいなのだと思う」  明るく働き者で、細やかな心配りが隅々まで行き届き、一見したところ、あどけない少女のようなのに、そのじつ、とてもしなやかで芯が強い――

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