48 / 65

    (4)

「ほとんど刷りこみに近い状態で、ひょっとするとそれも、レナードの企みの一環だったのかもしれないけどね」  ヴィンセントはそう言って楽しげに低く笑った。 「けれども、私はその罠にまんまと嵌まって、事業を拡大させる中で日本への進出を実現させた。レナードと多恵の関係についてくわしく知ったのは、挨拶がてら、その報告をしにレナードの許を訪ねたときのことだ」  日本にいる多恵と、認知できなかった子供を捜してほしい。  日本行きを告げたヴィンセントに、レナードは縋るように頼んだという。七十代になって心臓に疾患を抱えるようになった彼は、その時点ですでに入退院を繰り返しており、精神的にもだいぶ弱っていたころだった。  ふたつ返事で彼の依頼を引き受けたヴィンセントは、しかし、はじめて手がける日本での事業を失敗させるわけにはいかず、来日してしばらくのあいだは経営を波に乗せることに重点を置く生活がつづいた。その合間を縫って、少しずつ着手しはじめた人捜し。  多恵に関する情報はあまりにも少なく、年月も経ちすぎていた。  日本で結婚して、幸せに暮らしているのならそれでいい。だが、そうではなく、なにかしらの不遇に見舞われて苦労をしているのであれば、安心して暮らせるよう手を差し伸べてやりたい。子供はその後どうなったのか。その子もまた無事成長し、結婚をして家族とともに幸せに暮らすことができているのか。暮らしぶりと彼らに関する情報を、どうにかして知りたい――  人生の終末を迎えようとしている恩人の、切実なる願い。  捜して、捜して、だがようやく居どころをつきとめたときには、レナードはこの世を去っていた。 「それどころか多恵もすでにこの世にはなく、彼女の娘である君の母親も亡くなってしまったあとだった。私は、遅すぎたんだ」  雲を掴むような状況の中から祖母の足跡をたどって、母と自分を捜し当てるまでにどれほどの労力を費やしたのだろう。 「それでもアルフさんは、僕を訪ねようとしてくれたんですね」  莉音の問いかけに、ヴィンセントはいつになく気弱げな笑みを浮かべた。 「そう。ただし、実際に会うかどうかは、最後まで決めかねていた。スペンサー家の御家騒動に巻きこまれるより、なにも知らずにいるのなら、かえってそのほうがいいのではないかとも思ってね」 「じゃあ、はじめて会ったあの夜は?」 「ただ、様子を見るだけのつもりだった」  ヴィンセントは、そう答えた。 「母親を亡くしたばかりの多恵の孫が、たった独りでどうしているのかととても気になって、そうせずにはいられなかった。それで、どんな環境で、どんなふうに過ごしているのか、この目でたしかめてみようと思った」  あの日はただ、様子を確認して、その後どうするかを決めようと思っていたのだという。  だから近所のコインパーキングに車を駐めて、携帯も財布も持たず、身ひとつで莉音のアパートに向かった。とりあえずどんなところに住んでいるのかを直接自分の目で見て、在宅の有無だけでも確認しておこうと、そんな軽い気持ちでいただけだった。それが――

ともだちにシェアしよう!