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「莉音を待ち伏せしようとしているあの男たちと出くわしたのは、偶然だった」  アパートのまえまでたどり着いて、部屋の位置を確認しようとしたところ、二階の通路の一角に男たちの姿があり、不審をおぼえた。向こうもヴィンセントの存在に気づくと、何食わぬ顔で階段を降りてきてすれ違い、敷地の外へと出て行った。だが、男たちの纏う雰囲気はどこか異質で、不穏な気配を滲ませていた。  二階に上がって部屋番号を確認すると、先程男たちが集まっていた場所が、まさに調査会社から報告を受けていた部屋であることが判明した。そのことで、よりいっそう男たちへの不信感が強まった。念のため、インターホンを押してみるが部屋の住人は不在で、ひどく嫌な予感がした。 「あの日の時点ですでに、僕は狙われていたってことですか?」  不安げな様子を見せる莉音に、ヴィンセントは静かにそうだと頷いた。  ヴィンセントがあのタイミングで訪ねていなければ、なにも知らずに帰宅した莉音は、そのまま彼らに襲われるところだったのだ。  起こっていたかもしれない過去の出来事を想像して、背筋が寒くなった。 「あの男たちは、何者なんですか?」  自分の躰を両手で抱きながら莉音は尋ねた。 「スペンサー一族の、いずれかの息がかかった者であることは間違いない」  ヴィンセントは即答した。 「レナードの遺言書は、少なからず一族に衝撃を与えた。彼らも、ダイヤの行方について血眼になって探し求めたのだろう」 「……アルフさんはあのとき、僕がだれかをわかっていて助けてくれたんですね」 「そうだとも言えるし、そうではないとも言える」  不可解な物言いをしたヴィンセントは、不意に苦笑を漏らした。 「正直、あの暗がりと距離では、はっきりと顔を認識することはできなかった。私自身も三人の男たちと揉めている最中で、そこまでの余裕はなかったしね。けれども、君の姿を目にした途端、襲われそうになっているのは多恵の孫のような気がして、反射的に躰が動いていた」  仮に女性や老人だったとしても、おなじことをしていただろうとヴィンセントは苦笑を深くした。 「あまりにもできすぎていると君は思うかもしれないが、あの件で記憶が一時的に混乱していたのは本当だ。君が買い物に行っているあいだに高井戸署の山岡刑事が早瀬を連れて訪ねてきて、名前を呼ばれて話をするうちに直前まであやふやだった記憶がクリアになった。同時に、まずいことになったと少しあわてた」 「まずいこと?」 「様子を見るだけのつもりが、私はちゃっかり君の家に上がりこんで、食事まで提供してもらってしまっていた」  ヴィンセントはおかしそうに笑った。 「とんだ失態だったわけだが、その反面で、君の人柄に触れることができたのはむしろ幸いだった」 「僕をハウスキーパーとして雇ってくれたのは、僕がばあちゃんの孫だとわかったうえでのことだったんですね」 「そう。事前にある程度の事情は把握していたけれども、君に直接会ったことで現状をくわしく把握することができた。だからこれは、うってつけの機会だと思った」 「うってつけ?」 「スペンサーの者がすでに君に目をつけていることは例の一件であきらかとなった。君を私の懐の内側に囲いこむことで守ってやれると思ったんだ」  あの大袈裟すぎる送迎には、そんな意味合いがあったのだとようやく理解することができた。同時に、面通しの際、準構成員という山岡の説明に、ひっかかるそぶりを見せていた理由にも納得がいった。

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