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「いまさら隠すことではないので正直に白状すると、空き巣の事件があってから、アパートの周辺には監視をつけて、不審な者が出入りする様子がないかを確認させていた。それから万一のことを考えて、莉音の携帯のGPS機能を使って位置確認ができるよう設定もしておいた。今日のホテルのことも、それでわかった。だが、莉音を攫おうとした男が現れたあのとき、私の携帯には別の人間から電話がかかってきていて、監視役からの報告をすぐに受けることができなかった」  電話の相手は、シャーロットだったのだとヴィンセントは打ち明けた。 「レナードが亡くなって以降、一族が混乱状態に陥っているにもかかわらず、私が帰国したのは葬儀のときだけで、ずっと知らん顔をしているのが気に入らないと言ってね。アメリカにはいつ戻ってくる気なのだと責められた」  莉音は途端に、胸が苦しくなって俯いた。そんな莉音の手を、ヴィンセントは握りしめた。 「莉音、彼女のことを黙っていて悪かった。だが、正式に婚約していたわけではなかったんだ」  言い訳のようで見苦しくて申し訳ないと詫びたうえで、ヴィンセントは事情を説明した。自分とシャーロットとの結婚話は、レナードが望んだことだったのだと。 「レナードは孫娘のシャーロットをことのほか溺愛していてね。彼女の婿になる人間は、自分の眼鏡に適った男でなければ絶対に許さないとつねづね豪語していた。そのレナードが心臓発作を起こしてはじめて倒れたとき、シャーロットのことをくれぐれもよろしく頼むと手を取ったのが私だった」  まだ学生だったヴィンセントに、事業の立ち上げ資金として莫大な金を見返りも求めず出資したくらいなのだ。レナードは最初から、彼の資質を見込んでいたのだろう。 「入院先の病室でのことで、これまでにないほど弱っている相手をまえに、承知する以外の選択肢はなかった。シャーロットはそのときまだ高校生だったし、私自身も起業してまもないころで、とにかく事業を軌道に乗せることに必死で、ほかのことにかまける余裕はまったくない時期だった」  レナードの口からシャーロットとの結婚話が出たのはそのときかぎりのことで、それ以降、その話題がのぼることもなくしばらくは過ぎていったという。 「この話が蒸し返されたのは、それから数年後のことだった。年齢とともにレナードも体調を損ねることが増え、それに伴って気持ちの面でも弱くなったんだろう。シャーロットを任せられるのは、やはりおまえしかいないと言われてね。けれども私には、日本に進出したいという強い希望があって、それを叶えるために手を尽くしている最中だった。とてもそれどころではなかったし、彼女と結婚するつもりもなかった。だからそのときも、シャーロットならほかに、もっといい相手がいるだろうと(かわ)して、その意志はないことを婉曲に伝えた」  やはり恩義ある相手にきっぱり断ることは躊躇(ためら)われたし、心臓に負担をかけるようなこともしたくなかったのだという。  レナードも、ヴィンセントの態度から察するものがあったのだろう。折りにつけ、その後気が変わるようなことはないかと尋ねてきたが、あまり強く話を勧めてくることはなくなったという。 「でも……」  ヴィンセントの話を聞きながら、莉音はポツリと呟いた。 「でもシャーロットさんは、アルフさんのことが好きなんだと思います」 「そうだな」  莉音の手を握りしめたまま、ヴィンセントは同意した。 「それは私もわかってる。彼女の気持ちには気づいていた。レナードもおそらくはそれを知っていて、だからいつまでも、私の気は変わらないかと繰り返し尋ねてきたのだろう」  孫娘の幸せを願う一方で、レナードはヴィンセントの気持ちもきちんと尊重し、自分の立場を利用して無理を強いることはしなかった。自分の祖父であるという人物は、そういう人だったのだと、莉音はその人間性を垣間(かいま)見た気がした。

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