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「莉音は間違いなくレナードの血を受け継いでいる。それを踏まえたうえで、莉音がレナードの株式を引き継ぎたいと希望するのであれば、そのように手続きを進めるし、それに伴う諸般の権利や一族内で担う責任の所在についても、きちんと立場を確立させるようにする。そうでない場合も、グループ総裁であるダニエルの責任下で、莉音の希望に添う取り計らいをする。そういうことになった」
突然そんなことを言われても、莉音にはどうしたらいいのかわからない。
「あの、でもそんな……」
「レナードが亡くなってすでにそれなりの日数が経っているからね。彼の持ち株は現在、ダニエルの預かりとなっている。だが、莉音に引き継ぐ意思があるというのなら、すぐにも名義変更の手続きを進めることができる。手続きそのものに関しては、専門の弁護士に任せることができるので、莉音はなにも心配しなくていい」
「でも、僕……」
「それで莉音は、ひとりで生きていくのに充分な資産を得ることができる。もちろん、お母さんとの夢だった、店を開くことも」
あまりにも思いがけない言葉に、莉音はわずかに目を瞠った。
どうする?と目顔で尋ねるヴィンセントをじっと見返し、それから視線を落とす。
流れる沈黙。
やがて息をついた莉音は、小さく、けれどもはっきりと首を横に振った。
「僕、いりません」
莉音は迷いなく言いきった。
「受け取れないです、そんなすごいもの」
「なぜ? 君には充分な資格があるのに?」
「だって、ダイヤはもうないし、ばあちゃんの孫だったっていう自覚はあるけど、レナード・スペンサーっていう人は、やっぱり僕には知らない人で、おじいちゃんだったって言われても、全然実感が湧かない。それに、自分で働いたお金じゃないのに、突然そんな大金もらっても、困ります。アルフさんみたいに経営に携わることなんてとてもできないし、英語もしゃべれない。株の運用だって全然わからない。僕は日本で、いままでとおなじように暮らしていければ、それでいいです」
僕、庶民だから普通でいいです、とはにかみながら言う莉音に、ヴィンセントは穏やかな眼差しを向けた。
「じゃあ、相続は放棄したい。そういうことでいいのかな?」
確認されて、莉音は「はい」と頷いた。
「手放す権利は、レッドダイヤどころの話ではないかもしれないよ?」
「いいです。もともと僕のお金じゃないから。それに、よく考えたらダイヤだって」
迷いのない決断に、ヴィンセントはそうかと微笑を深めた。
「『莉音』というのは、ひょっとして多恵がつけた名前かな?」
唐突に訊かれて、一瞬面食らった莉音は、しかしすぐに頷いた。
「そうです。あの、母さんが『莉沙 』で、だからたぶん、その一文字を取って」
「きっとそれ以外にも、もうひとつの意味があるのだろうね」
「え?」
「レナードの愛称は『レオ』。その語源は獅子という言葉に繋がって、それは『リオン』にも繋がっていく。たぶん、そういうことなんだろう」
言われてはじめて、自分の名前にそんな思いが込められていたのだと知った。
生涯胸に秘めつづけた、愛する人への想い――
「ばあちゃん、そんな少女趣味なところがあったんだ。知らなかった」
思わず笑いながら、不意に目頭が熱くなった。
異国から父親のいない子供を産んで戻った祖母に、周囲の目は冷たく厳しかったと聞いている。親からは勘当同然に縁を切られ、生涯結婚することもなく、英語教師や通訳、翻訳の仕事で母の莉沙を育てた。ときには近所の子供を集めて英会話教室を開いて、それなのに祖母は、母にも自分にも、決して英語を教えようとはしなかった。おまえたちは日本人なのだから、そんな必要はないと言って。
――ばあちゃん、あの指輪、本物だったって。あれ、偽物じゃなくて、本物のダイヤだったんだよ。赤い色のダイヤ。そういうのが、あるんだって。
莉音は心の中で、祖母に向かって話しかける。祖母と祖父と母と。いまごろ天国で再会を果たして、親子水入らずでこちらの世界では適わなかった一家団欒を満喫しているのだろうかと思いながら。
「莉音」
呼ばれて、莉音はヴィンセントを顧みる。
「いままでとおなじように暮らしたい。さっき君が言ったその希望の中に、私の存在はもう、含まれていないのだろうか?」
これまでにないほど真剣に問われて、莉音は返答に窮する。
「あ、の…、僕……」
「君がこの家を出てからの日々、なにもかもが虚しくて味気なかった。自分でもそれ以前の生活を、どうしていたのか思い出せないほどに。私はもう、君なしではいられないのだとつくづく思い知った。君は? 莉音は私がそばにいないほうが、幸せか?」
宝石のように美しい青い瞳が、まっすぐに自分を見据える。その瞳を見返す莉音の目から、ふたたび涙が溢れて零れ落ちた。
「僕……」
心が大きく揺れる。
答えなら、もうとっくに出ている。自分の気持ちは最初からただひとりに向いていて、諦めることも、忘れることもできないから苦しくてつらかった。
この先の人生に、希望が見いだせなくなるほどに――
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