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第1話(2)
眠っている赤ん坊をソファーに寝かせて、四人は早速席に着く。椅子に座ろうとしたところで、早瀬は手にしていた紙袋を莉音に差し出した。
「あ、そうだこれ。僕とリサから莉音くんに引越祝い」
莉音は「え?」と目を瞠る。
「なにがいいかいろいろ迷ったんだけどね。結局無難なところでまとまりました」
「ありがとうございます。開けてみてもいいですか?」
どうぞどうぞと言われて、莉音は早速袋から包みを取り出し、包装を開ける。中から出て来たのは、洒落たデザインのペアのマグカップとワイングラスだった。
わぁ!と歓声をあげて、莉音は隣のヴィンセントを顧みた。そして、早瀬とリサにも笑顔を向ける。
「すごく素敵です。ありがとうございます」
「莉音くん、二十歳の誕生日になったら、ふたりでワインで乾杯してくださいね。それまではマグカップのほうで」
「はい、どっちも大事にします。リサさんも、ありがとうございました」
「ド、いたしましてデス」
箱から出したカップとグラスを、いそいそとしまう。その様子を、ヴィンセントは穏やかに見つめた。
あらためて席に着きなおして、内輪でのホームパーティーがはじまった。杉並のアパートを引き払い、正式にヴィンセントと暮らすことになった莉音の引越祝いを兼ねた顔合わせの会だった。
莉音の料理はどれも大好評で、早瀬夫妻は惜しみない讃辞とともに旺盛な食欲を発揮して次々に平らげていってくれた。
「一時はどうなることかと思ったけど、ようやく落ち着くところにおさまって、ふたりともよかったですねぇ」
早瀬はしみじみと言う。
「けど、杉並のアパートのほうはよかったんですか? お母さんとの思い出が詰まった大事な場所だったんでしょう?」
訊かれて、莉音はさっぱりとした顔で「はい」と頷いた。
「もういいんです。思い出はちゃんと僕の中にあるから。それより、これからはアルフさんとの未来を大事にしていきたいなって思って」
「そうですね。莉音くんがいないと、どこかのだれかさんは、生きる気力そのものすらなくしてしまわれるようなので」
思わせぶりに言われて、ヴィンセントは憮然とした顔でシャンパングラスを口に運んだ。そんなヴィンセントの顔を見て、莉音は嬉しそうにふふっと笑う。ばつが悪そうな顔で、けれども穏やかな微笑を返すヴィンセントの様子に、向かいの席に座ったリサが両手をひろげて肩を竦めるジェスチャーをした。
「アルフ、鼻の下ノビノビです。リオンにメロメロね」
「リサ、うるさい」
「ウルサイないです。アルフ恋人できた言ったらママ、いつカエル、怒ってました」
リサの言葉に莉音はギョッとする。
「アルフ、こないだもアメリカ、カエたのにレンラクない。マム、ハクジョー、ガッカリしてました」
「いや、あれは仕事で……。そもそもニューヨークにもとんぼ返りだったのに、オクラホマまで足を運ぶ余裕があるわけもない」
ぼやいて、ヴィンセントは莉音を顧みた。
「母はいま、アメリカ中部のオクラホマ州というところに住んでいるんだ」
「ラブラブカレシとドーセーチューです!」
リサの補足に、ヴィンセントは額に手を当てて小さくかぶりを振った。
「宗一郎、リサにもっとちゃんとした日本語を教えろ。ひどすぎる」
「無理ですよ。僕が仕事でいないあいだに、近所の人たちやママ友相手にどんどん学習していってるんですから」
「ワタシ日々、メッチャ日本語ジョータツしてマス! ソイチローもビックリね!」
得意げに胸を張るリサを見て早瀬は苦笑し、ヴィンセントは深々と溜息をつく。そんな彼らを見て、莉音はクスクスと笑った。
と、ソファーのほうで泣き声があがる。とんでいったリサは、息子を抱き上げると慣れた様子でポンポンと背中を叩いてあやした。そして瞬時に「オムツね!」と、泣き出した理由を判断する。ふたたび赤ん坊をソファーに寝かせて、持参したバッグから必要なものを取り出して用意をはじめた。
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