7 / 10
第7話 最愛の妹
ここは公営の共同墓地。
郊外の小高い丘にあって、市内の街並みが一望出来る。
辺りを線香の香が包む。
先輩はミユさんの墓前に立つと、手を合わせた。
オレもその横で手を合わせる。
オレは横目でそっと先輩を覗き見た。
無言で目を閉じる先輩。
微かに動く口元。
ミユさんに語りかけている。
一体どんな事を話しているのだろう。
しばらくすると、先輩は空を見上げた。
オレも釣られて空を見る。
青空で雲もないいい天気。
小鳥が飛ぶのが見えた。
先輩は言った。
「今日はありがとう、和希。お前を、妹に紹介しておきたかったんだ」
その言葉にオレは胸が熱くなった。
「そんな……」
オレは言葉を詰まらせながら先輩を見た。
目頭が熱くなる。
きっと先輩は吹っ切れたんだ。
オレは何故だか涙が止まらない。
先輩はオレの顔を見ると、頭をシャカシャカと撫でた。
そして、
「和希、そんな顔するな。ミユは楽しいのが好きなんだ。だから、笑ってくれ」
と笑顔を見せた。
オレが落ち着きを取り戻すと先輩は、「先に車に行っていてくれないか。手桶とひしゃくを返してくる」と言って管理棟に向かって行った。
オレは、先輩を見送ると、再びミユさんのお墓に手を合わせた。
「……ミユさん。オレが先輩をしっかりと守って行きますから、安心して下さい」
オレはそうつぶやいた。
その時、不思議な事が起こった。
目の前に制服姿の女の子が現れたのだ。
急な事でオレは驚いたが、意外と冷静にいられた。
何故なら、オレは、その女の子を知っていたからだ。
ミユさん……。
そう、ミユさんに違いない。
オレは確信した。
それは、ミユさんのお葬式の時。
仕切りに先輩を介抱していた女の子がいた。
ミユさんのお友達だと勝手に勘違いをしていたのだけど、あれはミユさん本人だったのだ。
ミユさんは、オレを真っ直ぐに見て言った。
「ねぇ、和希さん。お願いがあるんです。聞いてもらえないでしょうか?」
よく、未練がある魂は成仏出来ないと言う。
霊となって現世を彷徨うとか。
目の前に見えているのは、つまりミユさんの霊。
そんなミユさんは未練を抱えているというわけだ。
で、何故、オレに霊が見えるのかと言うと、実のところよく分からない。
オレの家系が霊感が強いなんて聞いた事が無いはずなのだが……。
とるもとりあえず、オレはミユさんの話を聞く事にした。
ミユさんは、まず事故の話をした。
一年前の今日の事。
学校へ向かう途中で起こった不幸な出来事。
まだ高校生だったのだ。
これから始まる人生。沢山未練があったはず。
「でも、死んでしまった事が未練な訳では無いんです」
ミユさんは先回りして答えた。
事故のあった朝。
出かけ際に先輩とミユさんは喧嘩をしたのだ。
喧嘩の原因は、ミユさんの進学の事。
大学に行かせたい先輩と絵の道に進みたいミユさんは、真っ向からぶつかり、口論となったのだ。
「お兄ちゃんなんて知らない!」
ミユさんは、そんな言葉を吐き、家を飛び出した。
しかし、それが先輩と交わした最後の言葉になってしまったのだ。
「だから、仲直りしたい! お兄ちゃんもそう思っているはず」
でも、この姿を先輩に見せる事は出来ない。
だから、俺に手伝って欲しい、という事なのだ。
ミユさんは、深く頭を下げた。
「何かあったのか? 和希」
先輩の言葉で我に返った。
帰り道の車の中。
助手席に座る先輩は心配そうにオレを見つめる。
「いいえ。何でも無いです。あっ、そうだ。先輩、今夜は何を食べたいですか?」
先輩は、運転するオレのももを触る。
そして、さりげなく股間に手を置いた。
「お前だな」
「ちょ、ちょっと、先輩! からかうと怒りますよ!」
「ははは。そういう怒ったお前が好きなんだよ」
「ハイハイ」
オレは、呆れ顔を作って先輩を見ると、
「それそれ、その表情!」
と大喜び。
まったく、先輩には困ったものだ。
オレは、さり気なくバックミラーで後部座席を見る。
すると、ミユさんがおとなしく座っている姿があった。
そして、俺と目が合うと、先輩とのやり取りを冷やかすようにニヤっと口元を緩めた。
ふと助手席を見ると、いつの間にか先輩はスースーと寝息を立てていた。
きっと、今日、ミユさんと会うのに気を張っていたのだろう。
「先輩、お休みなさい……」
オレはそっと声を掛けた。
さてと……。
オレは、先ほどのやり取りの続きを頭に思い浮かべた。
墓石の横に立ったミユさんは言った。
「和希さんは特別な体質の様です」
「特別?」
「ええ、あたしみたいに成仏出来ない魂とこうやって話せているでしょ?」
「確かに」
「そこで、お願いなのですが、あなたの体に憑依させて下さい」
「憑依?」
オレは驚いて目を白黒させた。
どうやら、ミユさんが一時的にオレの体に憑依することで、オレの体はミユさんの体になるらしい。
その姿で、お兄ちゃんの前に出て、仲直りをする。
という事の様だ。
そもそも、憑依なんて事が出来るのかどうか知らないが、先輩の胸のつかえを取り除けるなら何だってやりたい。
ミユさんは、改めて頭を下げる。
「こんな事をお願い出来るのは、和希さんだけです」
「ミユさん。オレは構わないよ。先輩の為だったら。だから、気にしなくて良いよ。で、具体的にはこれから何をすればいい?」
「まずは、あたしを背後霊にしてください」
「えっ! 背後霊!?」
それで、オレの背後霊となったミユさんは、オレのそばにくっついて来て、今まさに、後部座席にいる。
という訳なのだ。
ミユさんは、先輩が寝てるとみるや前の座席に顔を出した。
「ねぇ、ねぇ。さっきのやり取りだけど、なんかラブラブだったよね? もしかして、お兄ちゃんと和希さんって付き合っているの?」
霊になっても色恋沙汰には興味があるらしい。
さすが女子高生。
まぁ、別に隠すこともないし、どうせバレるのだ。
「ああ、まぁね……」
オレがそう答えると、ミユさんは「キャー!」と歓喜の悲鳴を上げた。
「うそ! うそ! マジで!? はぁ、はぁ、ちょっと、やばい。あたしの大好物キター!」
「あの……ミユさん。どうして、そんなに興奮しているの?」
「ちょっと待って。もしかして、和希さんって女の子の体に興味ないってこと?」
「まぁ、そうだね。別に男の体が大好きってわけじゃないけど。先輩だけかな?」
「……キャッ。そう真っすぐに答えられるとあたしの方が赤面しちゃうよ。でも、よかった。あたしの体に興味を持たれると、それはそれでちょっと怖いなぁって思ってたから……」
「ミユさんの言っていることは半分も理解できないんだけど……」
「うんうん。いいの、いいの。いやー、我が家に帰るのがこんなに楽しみだなんて! 生きててよかった」
「……ミユさん。死んでいるんでしょ?」
「あっ! そうだった! あはは!」
「……」
本当に霊なのか? と思うくらいに自然な会話。
はてさて、こらからどうなることやら……。
オレは不安を抱えたまま、先輩の家に向かうのだった。
ともだちにシェアしよう!