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第7話 最愛の妹

ここは公営の共同墓地。 郊外の小高い丘にあって、市内の街並みが一望出来る。 辺りを線香の香が包む。 先輩はミユさんの墓前に立つと、手を合わせた。 オレもその横で手を合わせる。 オレは横目でそっと先輩を覗き見た。 無言で目を閉じる先輩。 微かに動く口元。 ミユさんに語りかけている。 一体どんな事を話しているのだろう。 しばらくすると、先輩は空を見上げた。 オレも釣られて空を見る。 青空で雲もないいい天気。 小鳥が飛ぶのが見えた。 先輩は言った。 「今日はありがとう、和希。お前を、妹に紹介しておきたかったんだ」 その言葉にオレは胸が熱くなった。 「そんな……」 オレは言葉を詰まらせながら先輩を見た。 目頭が熱くなる。 きっと先輩は吹っ切れたんだ。 オレは何故だか涙が止まらない。 先輩はオレの顔を見ると、頭をシャカシャカと撫でた。 そして、 「和希、そんな顔するな。ミユは楽しいのが好きなんだ。だから、笑ってくれ」 と笑顔を見せた。 オレが落ち着きを取り戻すと先輩は、「先に車に行っていてくれないか。手桶とひしゃくを返してくる」と言って管理棟に向かって行った。 オレは、先輩を見送ると、再びミユさんのお墓に手を合わせた。 「……ミユさん。オレが先輩をしっかりと守って行きますから、安心して下さい」 オレはそうつぶやいた。 その時、不思議な事が起こった。 目の前に制服姿の女の子が現れたのだ。 急な事でオレは驚いたが、意外と冷静にいられた。 何故なら、オレは、その女の子を知っていたからだ。 ミユさん……。 そう、ミユさんに違いない。 オレは確信した。 それは、ミユさんのお葬式の時。 仕切りに先輩を介抱していた女の子がいた。 ミユさんのお友達だと勝手に勘違いをしていたのだけど、あれはミユさん本人だったのだ。 ミユさんは、オレを真っ直ぐに見て言った。 「ねぇ、和希さん。お願いがあるんです。聞いてもらえないでしょうか?」 よく、未練がある魂は成仏出来ないと言う。 霊となって現世を彷徨うとか。 目の前に見えているのは、つまりミユさんの霊。 そんなミユさんは未練を抱えているというわけだ。 で、何故、オレに霊が見えるのかと言うと、実のところよく分からない。 オレの家系が霊感が強いなんて聞いた事が無いはずなのだが……。 とるもとりあえず、オレはミユさんの話を聞く事にした。 ミユさんは、まず事故の話をした。 一年前の今日の事。 学校へ向かう途中で起こった不幸な出来事。 まだ高校生だったのだ。 これから始まる人生。沢山未練があったはず。 「でも、死んでしまった事が未練な訳では無いんです」 ミユさんは先回りして答えた。 事故のあった朝。 出かけ際に先輩とミユさんは喧嘩をしたのだ。 喧嘩の原因は、ミユさんの進学の事。 大学に行かせたい先輩と絵の道に進みたいミユさんは、真っ向からぶつかり、口論となったのだ。 「お兄ちゃんなんて知らない!」 ミユさんは、そんな言葉を吐き、家を飛び出した。 しかし、それが先輩と交わした最後の言葉になってしまったのだ。 「だから、仲直りしたい! お兄ちゃんもそう思っているはず」 でも、この姿を先輩に見せる事は出来ない。 だから、俺に手伝って欲しい、という事なのだ。 ミユさんは、深く頭を下げた。 「何かあったのか? 和希」 先輩の言葉で我に返った。 帰り道の車の中。 助手席に座る先輩は心配そうにオレを見つめる。 「いいえ。何でも無いです。あっ、そうだ。先輩、今夜は何を食べたいですか?」 先輩は、運転するオレのももを触る。 そして、さりげなく股間に手を置いた。 「お前だな」 「ちょ、ちょっと、先輩! からかうと怒りますよ!」 「ははは。そういう怒ったお前が好きなんだよ」 「ハイハイ」 オレは、呆れ顔を作って先輩を見ると、 「それそれ、その表情!」 と大喜び。 まったく、先輩には困ったものだ。 オレは、さり気なくバックミラーで後部座席を見る。 すると、ミユさんがおとなしく座っている姿があった。 そして、俺と目が合うと、先輩とのやり取りを冷やかすようにニヤっと口元を緩めた。 ふと助手席を見ると、いつの間にか先輩はスースーと寝息を立てていた。 きっと、今日、ミユさんと会うのに気を張っていたのだろう。 「先輩、お休みなさい……」 オレはそっと声を掛けた。 さてと……。 オレは、先ほどのやり取りの続きを頭に思い浮かべた。 墓石の横に立ったミユさんは言った。 「和希さんは特別な体質の様です」 「特別?」 「ええ、あたしみたいに成仏出来ない魂とこうやって話せているでしょ?」 「確かに」 「そこで、お願いなのですが、あなたの体に憑依させて下さい」 「憑依?」 オレは驚いて目を白黒させた。 どうやら、ミユさんが一時的にオレの体に憑依することで、オレの体はミユさんの体になるらしい。 その姿で、お兄ちゃんの前に出て、仲直りをする。 という事の様だ。 そもそも、憑依なんて事が出来るのかどうか知らないが、先輩の胸のつかえを取り除けるなら何だってやりたい。 ミユさんは、改めて頭を下げる。 「こんな事をお願い出来るのは、和希さんだけです」 「ミユさん。オレは構わないよ。先輩の為だったら。だから、気にしなくて良いよ。で、具体的にはこれから何をすればいい?」 「まずは、あたしを背後霊にしてください」 「えっ! 背後霊!?」 それで、オレの背後霊となったミユさんは、オレのそばにくっついて来て、今まさに、後部座席にいる。 という訳なのだ。 ミユさんは、先輩が寝てるとみるや前の座席に顔を出した。 「ねぇ、ねぇ。さっきのやり取りだけど、なんかラブラブだったよね? もしかして、お兄ちゃんと和希さんって付き合っているの?」 霊になっても色恋沙汰には興味があるらしい。 さすが女子高生。 まぁ、別に隠すこともないし、どうせバレるのだ。 「ああ、まぁね……」 オレがそう答えると、ミユさんは「キャー!」と歓喜の悲鳴を上げた。 「うそ! うそ! マジで!? はぁ、はぁ、ちょっと、やばい。あたしの大好物キター!」 「あの……ミユさん。どうして、そんなに興奮しているの?」 「ちょっと待って。もしかして、和希さんって女の子の体に興味ないってこと?」 「まぁ、そうだね。別に男の体が大好きってわけじゃないけど。先輩だけかな?」 「……キャッ。そう真っすぐに答えられるとあたしの方が赤面しちゃうよ。でも、よかった。あたしの体に興味を持たれると、それはそれでちょっと怖いなぁって思ってたから……」 「ミユさんの言っていることは半分も理解できないんだけど……」 「うんうん。いいの、いいの。いやー、我が家に帰るのがこんなに楽しみだなんて! 生きててよかった」 「……ミユさん。死んでいるんでしょ?」 「あっ! そうだった! あはは!」 「……」 本当に霊なのか? と思うくらいに自然な会話。 はてさて、こらからどうなることやら……。 オレは不安を抱えたまま、先輩の家に向かうのだった。

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