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第8話 告白
今日は、ミユさんの命日だっただけあって、先輩は少し多めに酒を飲んだ。
嬉しそうな顔。
しっかり、送ってやったぞ。
そんな、ホッとした顔つき。
でも、同じ食卓に、ミユさんがちょこりと座っているという謎現象。
しかも、もうお酒はやめなよ、と言わんばかりに先輩を睨む。
オレは、はぁ、とため息をついて、そっとミユさんに話しかける。
(ミユさん、ちょっと隠れていてもらえます?)
(あぁ! ごめんなさい。お邪魔でしたよね? だって、お兄ちゃん、はしゃぎ過ぎであたし、居てもたってもいられなくて)
(ミユさんの部屋、ちゃんと残ってますから)
(あっ! そうね。読み直ししたい本があったんだった!)
ミユさんは、ルンルン気分で部屋を出ていった。
読み直し? 霊なのに本を掴めるのか?
なんて疑問が思い浮かんだけど、すぐに頭の隅に追いやった。
今夜の先輩との夜の交わりは、最高だった。
満月に照らされたカーテンが揺れて、先輩の体は青白く妖しく光る。
その体は少し汗で湿り、オレが舌を這わせると敏感に反応した。
「先輩……先輩。オレの先輩……」
「……和希。あっ、はぁう……和希、そろそろ挿れてくれないか。俺のアナルは、お前のが欲しくておかしくなりそうだ」
「はい、先輩」
オレは、狂ったように先輩の体を貪った。
先輩もオレの動きに呼応して歓喜の声を上げた。
ベッドの上で果てた後の余韻。
体が喜びに沸き、それが徐々に収まると、ついには、この上ない安らぎを得る。
いつしか先輩は寝息を立てた。
オレは、ギュッと握る先輩の手を剥がしベッドから立ち上がった。
リビングに戻ると、オレは宙に向かって声を掛けた。
「ミユさん、いますか?」
すると、壁からすっと、ミユさんが姿を現す。
「はぁ、はぁ。ちょ、ちょっと、凄すぎ。お兄ちゃんと和希さん。あまりにも凄すぎて腰を抜かしたわ」
「あの……ミユさん。覗いていたんですか?」
「……ごめんなさい。ちょっと、誘惑に勝てなくて……」
「まったく、ミユさんは……」
ミユさんは、申し訳なさそうに頭を下げる。
お兄さんのエッチを見る、というのは、いったいどういう心境なのだろうか、と思うのだけど、兄弟のいない自分には想像もつかない。
ミユさんは、姿勢を正すと、再びお辞儀をする。
「でも、お兄ちゃんが幸せで安心しました。あんな安らかな表情を浮かべて。和希さん、ありがとうございます」
「いや。オレこそ、お兄さんに幸せをもらっているから……」
改めてお礼をされるとさすがに照れる。
でも、ミユさんの気持ちは痛いほどよくわかる。
心残りだったのだ。
お兄さんを一人残して行ってしまうのだから……。
オレはしみじみした雰囲気を打ち壊すかのように、話しを進める。
「で、どうしたらいい? その憑依というのは」
「今から入ります。そのままで」
ミユさんはオレの中にスッと入ってきた。
するとどうだろう……。
不思議な事にオレの体は、みるみるうちに女の体になっていく。
顔かたち、胸やお尻、あそこに至るすべて。
時を掛けず、あっと言う間にミユさんの体に変化した。
オレはさすがに驚きを隠せない。
「なっ、これは!?」
発声して口を押える。
なんと、声まで違う。
きっと、ミユさんの声なのだろう。
(うまくいきました)
頭の中でミユさんの声が聞こえた。
オレは、恐る恐る鏡の前に立ってみた。
そこには、オレではない女の子が映っていた。
オレは、そこで改めてミユさんを見た。
とても可愛らしい女の子。
目がくりっとしていて、綺麗なストレートのセミロング。
明るくてクラスで人気になりそうなタイプ。
プロポーションだって悪くない。
出ることは出て、引っ込むところはしっかりと引っ込んでいる。
そこで、ふと気がついた。
どうして、ミユさんの葬儀の時に、ミユさんと気が付かなかったのか。
それは、全くと言っていいほど先輩に似ていないのだ。
なるほど、先輩に似ていれば女性の体でもオレは欲情していたかもしれないのだ。
そんな事を考えていると、頭の中でミユさんの声が響く。
(和希さん、あまりじろじろ見ないでもらえます? 恥ずかしいです……)
(ああ、ごめん。ところで、服は着た方がいいのかな?)
(もちろん。お兄ちゃんの前で裸とかありえないから!)
(へぇ。そういうものなんだ)
(そういうものです!)
ミユさんはぴしゃりと言った。
それから、簡単な打ち合わせをした。
結局、体を動かすのはオレだし、話すのもオレ。
オレは憑依しているミユさんの指示に従って行動する役者みたいなものなのだ。
思っていたのとずいぶん違う。
上手く女言葉をつかえるのか非常に不安である。
(大丈夫よ。あたし、もともと口悪いから)
(そんな事を言ってもさ。なんか先輩を騙すみたいで……)
(何を言っているのよ。お兄ちゃんの為でもあるのよ)
(ああ、そうだったな。よし、いっちょ頑張ってみるか)
そして、オレはミユさんの指示のもと先輩を起こしに行った。
「どうして! ミユがここに!」
先輩は、驚きの目でオレを見る。
いつもオレを見る目と明らかに違う。
オレは戸惑いを隠しながら言った。
「お兄ちゃん。あたしは謝りに来たの……」
オレがそう言うと先輩はすぐにオレを抱いた。
「ミユ、ごめん。お兄ちゃんが悪かった。一方的にお前を叱って」
「ううん。いいの。あたしも悪かったから……」
オレはミユさんから聞いていた喧嘩の話をうまいこと話した。
「これで仲直り。だよ。お兄ちゃん!」
「ああ、そうだな。ミユ」
微笑み合う兄と妹。
(ふぅ。こんなもので良いですかね?)
(うんうん。上出来です。和希さん)
オレが心の中でホッとしていると、先輩は真剣なまなざしで言った。
「なぁ、ミユ。お願いがあるんだ」
「何? お兄ちゃん」
一体、なんだろう?
いきなりお願いって……。
オレに対応できることなのだろうか?
オレはドキドキしながら、先輩の言葉を待った。
先輩は話を続ける。
「お兄ちゃん、好きな人が出来たんだ」
「うっ、うん」
オレの事……?
「その人、お兄ちゃんの事すごく想っていてくれて、お兄ちゃんもその人の事、大事に想っていて……」
「うん」
「この家でその人と一緒に暮らしていいかい?」
えっ……。
オレは、先輩の言葉に言葉を失った。
一緒に暮らす……。
そう、この家で同棲をしてこなかった理由。
ミユさんへの想いを断ち切ろうとする、先輩の覚悟。
そして、オレの愛に応えようとする強い意志。
ああ、やっぱり、先輩はオレの事を本気で想っていてくれていたんだ。
胸に突き刺さる。
嬉しくて涙が出そう。
オレは、溢れそうな気持ちに耐えてミユさんに話かける。
(ミユさん、オレは何と答えれば良い?)
ミユさんがオレにささやく。
(もちろんイエスよ。和希さん、ふつつかなお兄ちゃんですが、末永くよろしくお願いします)
ミユさんの丁寧な言い回しに、耐えていた涙が一気に流れ落ちる。
ああ、ミユさん。ありがとう。
本当にありがとう。
先輩は、オレの涙を見て、あたふたした。
「ミユ、ごめん。嫌だったか? この家は俺とお前の家だもんな……」
「違うの! お兄ちゃん! あたし凄く嬉しい!」
オレは、思わず先輩に飛び付いた。
そして、キスをした。
先輩は、驚いて目を見開いた。
ミユさんも、ななな、キス!?っと驚きの声。
でも、かまわない。
この喜びで張り裂けそうな気持ちを抑えるのはこれしかないんだ。
先輩は、ゆっくりとオレを引き離すと、優しく言った。
「ミユ。びっくりしたよ。ははは。でも良かった。ありがとう、ミユ……」
「ううん。お兄ちゃん。幸せになってね」
オレがそう言うと、先輩はスッと気が抜けたように体を倒した。
オレはその体を優しく抱きとめる。
きっと、夢でも見てたことになるのだろう。
でも、きっと覚えている。
忘れられるはずがない。
オレは、先輩をゆっくりとベッドに寝かすと、リビングに戻って行った。
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