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第3話 センチメンタル・ジャーニー(3/3)

 どこまで積極的に振舞うべきだろうか。サトシは少し悩んだ。しかし、ユウキの元カレは、ほぼ同時並行で男も女も愛せるくらいだから、それなりの経験があるはずだ。  そう考えたサトシは、自分からユウキのバスローブを脱がせた。  ユウキは、サトシの積極的な振る舞いを嬉しそうに見ている。 (良かった。僕の予想で合ってたんだ) 「ヒョン、嬉しそうだね」  サトシは悪戯っぽく言った。 「うん。相手から求められてる感じがするの、好きなんだ」  そう答えながら、ユウキはサトシを優しくベッドに押し倒した。 「ヒョンって、着痩せするんだね。服を着てる時は、モデルみたいにほっそりしてるのに。けっこう鍛えてるでしょ」   ユウキは、肩回りや腕、胸には程良く筋肉を(まと)い、お腹や腰は引き締まっている。その体型にサトシは感心した。 「おじさんって言われてもおかしくないトシだからね。一応、努力はしてる」  ユウキは、目尻に少し皺を寄せて優しく笑った。 「ヒョンはカッコ良いよ。全然おじさんじゃない。こうやって、抱き締められたりキスされたりすると、ドキドキする」  サトシが、ユウキの胸元に手を滑らせながら媚を含んだ上目遣いで見つめると、 「ふふ、ありがとう」  ユウキは、この日一番素直に嬉しそうに笑った。 (ああ、良かった。やっと、ちゃんと笑ってくれた)  サトシもつられて微笑むと、ユウキは、ふっとギアを切り替えたように男の顔になり、サトシの耳や首筋、胸を愛撫し始める。 「ああっ、ヒョン、気持ち良い……」  丁寧な前戯に、サトシはうっとりした表情を浮かべ、甘い声をあげながらも冷静に考えていた。 (ユウキさんは、今、心の中で、元カレを抱いてるな。まぁ、そりゃそうだよね)  こんなに丁寧にホストを扱ってくれるだけでも、ありがたいことだし、職業柄かなり男性経験のあるサトシから見ても、ユウキはかなりの技巧派だが、強さやリズムがサトシの好みと合っていない。  その理由は、テクニックや相性の問題ではない。ユウキの心が今ここにはないからだ。サトシは敏感に気付いていた。  出張ホストにとって、「恋人のように肌を重ねたい」というオーダーは、実はそれほど珍しくない。ノーマルより相手を見つけるのが難しいゲイセクシャルのお客様が、ホストに疑似恋愛を求めることは多い。その際、ホスト本人ではなく、自分にとっての理想の恋人など、他の誰かの面影を重ねることも少なくない。  サトシも、過去何度もそういうお客様に対応してきた。 それなのに、今、目の前にいるユウキから同じことを求められて、なぜ自分は抵抗を感じるのだろう。自分の身体を通してユウキが忘れられない元カレを抱いているのを、なぜ自分は切なく思うのだろう。  サトシは自分の胸がチクチクと痛む理由が分からず、戸惑っていた。  しかし、彼が自分を抱いて望み通り悲しみに(ひた)り、(つか)の間の(いや)しを得ているのだとしたら、自分は本来の仕事を全うしているだけのことだ。  サトシは自分の感情について考えるのをやめ、仕事に再度集中し直すことにした。 「ねえ、ヒョン。僕にもさせて?」  可愛らしくおねだりし、今度はサトシからユウキを愛撫した。  薄目だが盛り上がった胸筋の(いただき)を、やわやわと()め、吸い上げ、彼が(うめ)き声を上げるのを確認してから、引き締まった脇腹から股関節まで撫で下ろす。手早くコンドームを被せユウキ自身を口内に(くわ)え、丁寧に奉仕する。たっぷり唾液を絡めて裏筋に沿って舐め上げ、茎と先端の段差を、何度も唇で扱く。 同じ男だから、どこをどう愛撫されると気持ち良いか、ある程度は分かるが、個人差はある。表情や身体の微妙な反応に注意を払って、目の前の今日の恋人に気持ちよくなってもらうための努力が自分の仕事だと、サトシは考えていた。 「ありがとう。もう良いよ。これ以上されたら、イカされそう。サトシ君の中にも入りたいし」  ユウキは、一晩で何度もしたいタイプではないようだ。  既に準備済みだと伝えたが、彼は、その長いきれいな指にローションをしっかり(まと)わせて、サトシの後孔を丁寧に愛撫し、(ほぐ)してくれた。  元カレとの間の習慣なのだろう。相手の身体を傷付けないようにという配慮と、相手が後ろで感じているのを見て、視覚的な刺激で自分も興奮するのかもしれない。そう思ったサトシは、あえて声を抑えず、奔放すぎない程度に、快感を素直に表現した。 「あん! そこ……、すごく良い……」  最初こそ多少演技したサトシだが、ユウキの巧みな指で良いところを探り当てられては、堪らなかった。理性を保とうと、きゅっと唇を噛み締め、かぶりを振る。しかし、快感に身を委ねるのを我慢していることすら見透かされた。  使うのは久し振りの後孔は、サトシ自身が想像していたよりも敏感に快感を拾う。ユウキの繊細な指の動きに、サトシの内壁は熱く(とろ)けそうに(ほど)け、もっと掻き回してくれと言わんばかりに、はしたなく口をぱくぱくと開けている。  サトシは、発情した猫のように背中をしならせて腰を突き出し、甘い喘ぎ声をあげ、更なる快楽をねだった。仕事だという意識は既に消え失せていた。 「お願い、ヒョン。ちょうだい。僕、もう……」  潤んだ瞳で見上げれば、ユウキは熱い眼差しで頷き、背後からサトシにのしかかって来た。  入口近くを(くすぐ)るように軽く(こす)られたかと思えば、奥まで突き刺される。身体を支えている腕が震え始めた。過去誰にも許したことがないくらい奥深くまで突かれ、良いところを(えぐ)るように抽送(ちゅうそう)されると、サトシは、後ろだけで絶頂に達した。 「んんんっ……。はぁっ……。あぁぁっ、あ、あん!」  身体をふるわせて絶頂を味わっているサトシの前を、ユウキは優しく握り込んだ。前から白濁が噴きこぼれても、ユウキは律動を止めようとしない。射精の快感は、ごく短い時間で終わってしまうはずなのに、サトシの中心は泣きじゃくり続けている。もはや先走りなのか精液なのかも分からないそれは、ユウキの手を濡らし続けている。  必死に身体を支えていた手首が緩み、サトシは肩からベッドに突っ伏した。腰だけを高く持ち上げ、肩や顔はベッドに張り付いた状態で男に背後から貫かれる姿が、いかに艶かしいかに気づく余裕はなかった。 「やぁあああっ……、ねぇ、ダメっ……。もうダメだよぉ……」  サトシのあげる声は、もはや言葉になっていなかったが、辛うじて残っていた理性で、譫言(うわごと)のように呟いた。 「……もっとイッて良いよ……」  サトシの痴態(ちたい)に興奮したユウキは、少し上擦(うわず)った声で囁きながら、サトシの背中にぴったりと上体をくっ付ける。その呼吸は荒く、(たくま)しい身体から繰り出される力強い律動は、容赦なくサトシを更なる高みへと押し上げた。  サトシは、ユウキに貫かれながら、いつの間にか意識を手放した。

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