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第5話 ホストはおとぎ話の夢を見る

『デートコースもホストにお任せ』というお客様も多い。そういう場面に備えて、サトシも何パターンかのコースを持ちネタとしていた。  この日は、ボウリングからのゲームセンターにした。  ユウキのスラッとした長身からは、スポーツが得意そうな雰囲気が漂っているし、こういう落ち着いた大人の男性は、自分からは絶対行かないだろうから、むしろ新鮮だろう。  それに、失恋の傷を癒すには、静かに悲しみに(ひた)るのも良いが、身体を動かし、笑ったり悔しがったりした方が気が(まぎ)れるのではないか。  実際、この日、二人は何度も声を上げて笑った。このデートコースは予想以上にユウキにハマったようだった。彼は張り切って、上着を脱ぎ、シャツの袖をまくり上げて真剣にボールを放った。そして、ストライクを決めるたびに、二人でハイタッチして喜んだ。ユウキは学生時代はバスケ部だったらしく、バスケのゲームでは、かなりのハイスコアを出し、サトシの目を丸くさせた。  サトシは、時折ユウキに抱きついたり、身体に触れたりした。これも、お客様を喜ばせ、「この後」への期待を高まらせる、ホストの手管(てくだ)のひとつだ。  ユウキの目にも、嬉しさや楽しさだけでなく、チラチラと欲望が(くすぶ)っているのが見て取れた。  そして、最後にホテルで抱き合った。  気分が開放的になった後だからか、サトシと肌を重ねるのが二度目だからか、前回よりユウキは情熱的だった。  熱っぽく口付け、せわしなくサトシの服を脱がせようとする。しかし、焦り過ぎているようで、シャツのボタンを外そうとする指がうまく回らず、しきりに生地を引っ張っている。ユウキのようにセクシーな大人の男が、まるで経験の浅い若者のように焦って自分を求めているのが、可愛いと思った。サトシは、彼の耳元に甘い声で囁いた。 「ちぎらないでね?」  ユウキは、ハッと我に返り、バツ悪そうに苦笑した。 「……ごめん。俺、すごいがっついてるね。飢えてるみたいで、恥ずかしいな」  しかし、お互い裸になったところで、形勢は逆転した。  サトシの手を引いて一緒にバスルームに入ろうとするユウキに、サトシは慌てた。 「あ、あの。僕、準備があるから、後から一人で入って良いですか?」 「手伝うよ。元カレにも、何度もしてあげたことあるから、心配しなくて大丈夫だよ」  ユウキは事もなげに言った。 「ユウキさんに、そんなことまでしてもらうのは、僕は恥ずかしいです。お会いしたの、まだ二回目ですし」  思わず、サトシは()の感情を吐露(とろ)していた。 「……そうだよね。サトシ君とだと、やっぱりがっついちゃうな。ふふふ。じゃ、一人で先に入るね。ちょっと待ってて」  軽い苦笑を浮かべていたが、ユウキは気を悪くした様子もなく、あっさりサトシの希望を聞き入れてくれた。 (ユウキさんに対しては、僕も、なんか調子狂うな……。 『まだ二回しか会ってない』なんて、うぶな素人みたいなこと言っちゃった。やりたがるお客さんには、初回でもプレイの一部だと思って、やらせたことだってあるのに。  なんでか、彼には見せたくなかったんだよな……。お客さんがやりたいことが優先のはずなのに……)  間もなく、腰にバスタオルを巻いただけの姿で、ユウキがバスルームから出てきた。所々、拭き残した(しずく)が垂れているのが、色っぽかった。  プロとして気を取り直したサトシは、自分のしなやかで魅力的な肢体(したい)を見せつけるように歩み寄った。愛しい恋人を見つめるように、うっとりした表情で、ユウキの首に手を回して軽く(ついば)むように口付け、囁いた。 「ヒョン、色っぽくてカッコ良いよ。早く抱いてほしい。ちょっと待っててね」  ユウキの眼差しには、再び劣情が濃く現れた。  サトシがシャワーを終えて戻ると、ユウキは待ち切れないと言わんばかりに、サトシの手を引いて抱き寄せ、激しく唇を(むさぼ)り、もどかしげにサトシを組み敷いた。 「ああっ……、そこ……気持ち良い……」  ユウキの愛撫は、前回とは違っていた。  元カレとのセックスをなぞるのではなく、最初から、目の前にいるサトシが、どう反応しているかを注意深く見ている。野生動物が獲物を狙うような眼差しで、サトシの快感を引きずり出そうとする指や舌に、サトシは、初めての相手と肌を重ねるような、心許(こころもと)ない感覚に襲われた。  乳暈(にゅううん)を舐められ、唇の隙間で胸の小さな突起を優しく吸い上げられると、もどかしくて、自然と腰が(よじ)れてしまう。普段は柔らかく、輪郭のはっきりしないそこは、ユウキの手と口による刺激で、丸い粒になって勃ち上がり、もっと強い愛撫を求めている。 でも、お客様を悦ばせるためならまだしも、自分が気持ち良くなりたいがための『おねだり』は、ホストのプライドに関わる。サトシは眉間に僅かに皺を寄せて、身体を強張らせた。  ユウキは、そんなささやかな意地を見抜いたらしく、ぷっくり丸く尖ったそこを指で摘まみ、やんわりと甘噛みして、少しずつ快楽を与えながら焦らしてくる。サトシは、甘える子犬のように鼻を鳴らした。 「やっ、ああっ」  両腕で、ユウキを強く抱き締めてしまいそうになるのを堪えると、腕の内側がふるえ、その柔らかく薄い肌が、ユウキのきめ細かな背中の肌と(こす)れ、そのすべらかな感触に胸がときめいた。  この人は、自分をお金で数時間買っただけで、恋人でも何でもないのに。  そんなことを考えていると、まだ余裕があると思われたのか、ユウキは少し強めにサトシの胸の尖りを噛んだ。痛み寸前の快感に、腰の奥が甘く(うず)いた。 「ヒョン……、そんなにされたら、僕、もう……。あぁっ!」 (……もしかして、ユウキさん、今日は僕自身のことも少しは見てくれてる?) 「ねえ……。なんで、そんなに感じてくれてるのに、不安そうな顔してるの……?」  ユウキは少し(かす)れた声で、サトシを切なそうに見つめた。 「だ、だって……。ヒョン、こないだと違うんだもん」  サトシは眉を下げ、困ったような表情で、上目遣いにおずおずと答えた。 「今日の方が気持ち良いでしょ? なのに、こないだより不安そうだ。いけないことしてる気分になるよ」  ユウキは、そう言ってサトシの表情や反応を(うかが)いながらも、愛撫の手を止めようとしない。サトシを自分の膝の上に座らせて、背後から、背中や胸を攻めてくる。 「んんっ……。あっ……あん。だって、ヒョン、僕が感じるところを見つけるの、うますぎるんだもん……。こないだも最後は意識飛ばしちゃったし。気持ち良すぎて、ちょっと怖いよ」  ユウキから与えられる快感にふるえながらも、サトシは必死に、お客様へのリップサービスで、本音でもある、ギリギリの線を探りながら答えた。 「煽るなよ。そんな風に言われると、俺、また、がっついちゃいそうだ」  ユウキは色っぽく微笑んで、すでに熱を持っているサトシの中心を握り、ゆっくりと上下に扱き始めた。あっという間に、ユウキの手を濡らすほど、先端から雫が滲み出てくる。すでにサトシの後ろも快感を待ち侘びて、お腹の奥の方からきゅうっと疼いていた。  まるでサトシの心の声が聞こえたかのように、ユウキが、サトシの後ろのすぼまりにも手を伸ばす。この間ユウキに開かれてから、それほど時間が経っていなかったこともあり、サトシの(つぼみ)は、ローションを(まと)ったユウキの指を難なく飲み込み、はくはくと淫靡(いんび)(うごめ)いた。 「すごいな……。柔らかいのに、締め付けてくる……。こんなところに挿れたら、あっという間にイカされそうだ」  ユウキは、猛る彼自身にコンドームを装着し、更にローションを塗り付けて、背面座位で挿入してきた。サトシの腰を持って、上下前後左右にゆっくり揺さぶりを掛けてくる。 「んっ……! はぁああっ……ああっ……」  知らず知らずのうちに、自分の良いところにユウキを擦り付けようと、サトシは、自ら腰を踊るように振っていた。それに気付いた彼は、仕事を半ば忘れて、はしたなく快感に喘いでいる自分に赤面した。  我に戻って大人しくなったサトシに気付いたのか、ユウキは、甘い声で囁いた。 「もっと感じて……。我慢しないで……。サトシ君が気持ち良くなってくれた方が、俺も興奮するし、気持ち良いから。なんだろ……、身体の相性が良いのかな?」 (ああ……。こんなに情熱的に抱かれたら、本当にあなたに愛されてるんじゃないかって勘違いしちゃうよ……。僕にこんなに優しくしないでくれたら良いのに……)  情事の後、サトシは横向きに背後から優しく抱き締められた。自分のお腹に巻かれたユウキの腕を、サトシは優しく撫でた。性的な刺激というよりは、猫が互いに身体を舐め合うグルーミングのような気持ちだった。 「サトシ君は、お客さんと、どのくらいの頻度で会うの……?」  突然、ユウキが聞いた。  その瞬間、それまで優しくゆったりとユウキの腕を撫でていたサトシの手が、ぴたりと止まった。そして、顔と身体をこわばらせた。 「……そういうことはお客さんに話さないようにって、お店から言われてるんです。僕ら、身体だけじゃなくて、夢も売るお仕事だから」  硬い声で答えを拒んだサトシに、ユウキは息を呑み、すぐに謝った。 「ごめん。変なこと聞いちゃったね」  彼の質問に、侮蔑(ぶべつ)下衆(げす)な興味は感じられなかったが、サトシは、お金と引き換えに、どんなにたくさんの男と身体を繋いでいるかなんて、彼には知られたくなかった。 (どうせ僕は、この人の性欲を満たすために、お金で数時間買われただけの存在なんだ……。そんなこと、最初から分かってるのに。僕は、何を期待してたんだろう……)  所定の休憩時間の終わりを告げるフロントからの電話のベルは、まるでシンデレラの魔法が切れる十二時を告げる鐘の音のように、サトシには聞こえた。

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