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第6話 期間限定の恋人契約

 優しくて素敵なお客様に、ちょっとだけ夢を見てしまったけれど、シンデレラと同じ。日付が変わったら、おとぎ話のような楽しい時間は終わりだ。馬車はカボチャに戻った。  想定外だった二度目のご指名の後、サトシは、極力、ユウキのことを考えないようにして、目の前の仕事に集中していた。  しかし、再びの想定外が起こった。  興奮気味の店長から、電話が来た。 「こないだのお客さん、サトシと三か月、専属契約したいって!」 「……へっ?! どういうこと?! ちょっと何言ってるか、分かんない」 「まずは会いに行ってくれない? 受けるかどうかは、条件とか相談してからお返事すれば良いって。そう言ってくれてるからさ」  キレ気味に返したサトシに、店長は、ご機嫌を取るように頼んできた。サトシは、電話の向こうにハッキリ聞こえるように、嫌味のように大きく溜息をついた。 「……僕が約束するのは、一度、ユウキさんに会って、話をする。それだけで良いんですね? 会って話して、納得できなければ、長期とか専属のお話は断っても良い。それで良いですね?」  サトシはくどいくらい念を押した。 「うんうん。お客様が、それで良いって言ってくれてるから。とりあえず、一度会って、話すだけで良いから」  店長は、お客様からの依頼をどうにかサトシに飲ませて、露骨に嬉しそうな声になった。  サトシは、このやり取りをスマホで録音しておいた。その口約束が、どの程度の効力を持つかは分からないが。 「それにさ、ユウキさんて、感じ良いお客さんなんだろ? もしかしたら、『プリティ・ウーマン』みたいな展開、あるかもよ?」 「……まさか、そんな。ある訳ないじゃないですか」  サトシは、鼻で軽く笑ったが、内心苛々していた。  確かにユウキは、感じの良いイケメンだ。ホストの自分にも優しい。無茶や乱暴なこともしない。金払いも綺麗だ。性格や行動に、不快な癖があるわけでもない。セックスも上手い。上手すぎるぐらいだ。お客様として、非の打ち所がない。  しかし、サトシの神経を逆撫でしたのは、ユウキが、愛人のように自分をお金で囲おうとしたことだった。何時間幾らと、時間と金額が明朗なスポット契約なら、対等な関係のように思うことができたが、「もっと金を積んでやるから、俺の所有物になれ」と一段下に見られているようで、良い気分がしなかった。 (僕は、ペットでも、愛人でもない!!)  指定された場所に出向いたサトシは、二度目のデートの無邪気な笑顔どころか、初回のお義理の営業スマイルすら浮かべず、硬い表情だった。 「無理なお願いだったかな……。もし、サトシ君がイヤなら、俺の頼みは断ってくれて良い」  これまでとは打って変わって愛想のかけらもないサトシの表情を見て、ユウキはおずおずと切り出した。 「お客様の希望にお応えするのが、僕らの仕事です。ただ、なんで、そんなに長く契約したいのか、目的とか理由は知りたいです。  ……ユウキさんが、僕に、何を期待してるのかも。  二時間、三時間のデートを一回だけするのとは、全然違います。心の準備がしたいです」  サトシは、剣の切先(きっさき)を鼻先に突きつけるような厳しい眼差しで、ユウキに正面からズバリ問いかけた。これまで彼と接してきた時のような、甘く媚びるような態度は、一切取らなかった。 「……元カレが結婚するまでの間、君が俺の傍にいてくれたらな、と思ったんだ。  サトシ君と二回会って、すごく楽しかった。お蔭で、少し元気になってきたと思う。  ただ、これまでの人生で一番愛してた人が、他の誰かともうすぐ結婚する事実を、まだ受け止め切れてないんだ。その日を、一人で穏やかな気持ちで迎えられるか、正直言って自信ない。だから、君が一緒にいてくれたらなって。  ……我ながら身勝手だよな。ごめん。やっぱり、やめよう。こういうの」  自嘲(じちょう)気味に言って(うつむ)くユウキは、サトシが見た中で、一番、傷付いた表情をしていた。これまでは必死に取り繕って、心の傷を隠していたんだろう。仮面を(かぶ)りでもしなければ、とても人前に出られる状態ではなかったのかもしれない。  膝の上で手を組んだユウキの指先は、緊張で強く握り締めすぎて白くなっていた。  サトシは、自分が今、決断しようとしていることに自信がなかった。  目の前の、この魅力的な人は、自分の時間を三か月分、お金で買いたいと言っている。しかも、ハッキリそうとは言っていないが、彼が求めているのは自分の身体だけではない。  『心』も含めて、だ。 『自分の傍にいて欲しい、一緒にいて欲しい』 しかも、他の客の相手をする片手間ではなく、彼だけを見て欲しいと言うのだから。  もちろん、本気になってはいけないが、少なくとも過去二回デートした時と同じか、それ以上に恋人っぽい雰囲気で居続けなければいけないだろう。  ……そんなことが、できるのだろうか?  ましてや自分は、この人のことを、まだ殆ど何も知らないのだ。肌を二度重ねたけれど、どこに住んで何をしている人なのかすら。本名も年齢も聞いたことがない。  聞く必要も、なかったから。 「分かりました。元カレさんが結婚するまで、二人で良い思い出を作りましょう」  自然と、サトシの口は動いていた。 「三か月の期間限定ですけど。僕で良ければ、ユウキさんの恋人になります」  驚いたように自分を見上げたユウキに、サトシは静かに微笑んだ。

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