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第8話 ユウキの孤独【サトシ】
「今後のこと相談したいから、一度、俺の家に来ない?」
ユウキに言われ、サトシは反射的にビジネスライクに答えた。
「念の為に、ご住所教えてください。あと、お店に、ご自宅に伺うことになったって連絡入れますので」
しかし、これから恋人同士になろうというのに、その場の空気を壊したのではと、すぐに謝った。
「あ……、すみません。仕事みたいなこと言って」
「いや、大丈夫だよ。気にしないで。俺がサトシ君の立場でも、そうすると思う。素性の分からない客の家にいきなり行くのは危険だよな」
気分を害した様子もなく、ユウキは、いつものように微笑んだ。
店に電話して自分の居場所を伝えた後、サトシは、ユウキの自宅に足を踏み入れた。
最寄駅名を聞いた時点で多少予想はしていたが、築年数こそ行っているものの、手入れの行き届いた高級マンションだった。
「うわー……。立派なおうちですね……!
ここに、ユウキさんお一人で住んでるんですか?」
サトシは思わず目を丸くした。
「サトシ君、何飲む? コーヒーで良い?」
ユウキは何気なく食器棚を開けた。
その方面の趣味や知識がなくても、一目で高級品だろうと予想できる品々が並んでいた。
出された香り高いコーヒーを一口飲み、高価そうなカップをまじまじと眺め、そして、改めてユウキを眺めた。
「『コイツ何者? 堅気 の仕事してるのか?』って思った?」
ユウキに苦笑され、図星 を指されたサトシは頬を赤らめた。
「この家は父から、食器類は母から、それぞれ遺産として引き継いだだけなんだ。ここも、完成した頃は、周りがあまり開発されてなかったから、当時は公務員でも買える値段だったらしいし。俺自身は、ただのサラリーマンだよ」
サラッとユウキは説明した。
「ご両親、お亡くなりになったんですね。ご愁傷様 でした。ユウキさん、ごきょうだいはいないんですか?」
おずおずとサトシが尋ねると、
「いない。祖父母も他界してる。両親とも一人っ子だったから、おじやおば、いとことかも、そもそもいない」
この手の会話に慣れているのか、決まり文句のように淡々とユウキは言った。
ダイニングには、英語の分厚い専門書と思しき本が数冊散らばっていた。
マンションと家具は立派だったが、改めて見回すと、いかにも独身男性の一人暮らしらしい殺風景な部屋だった。広くて、コンロが四つ口もある立派なキッチンには調理器具や調味料も殆どなければ、使った形跡もない。
物質的には裕福そうだし、おそらく知的な職業に就いていて、見た目上は恵まれた生活だが、ユウキの孤独を垣間見た気がした。
そんな彼にとって、元カレは心の支えだったに違いない。別れを告げられたユウキが、どれだけ辛かったかも、薄々察せられた。
「じゃあ、本題に入ろうか。契約条件を相談しよう」
一人掛けソファーの肘掛けに腕を乗せ、指を組んだ姿勢で、ユウキは微笑みながら切り出した。
サトシは、微笑み返して、違う提案をした。
「その前に、もう少し、ユウキさんのことを教えてください。どんなお仕事してて、趣味は何かとか。僕はユウキさんに何ができるか、どんな恋人でいれば良いのか、もっと具体的にイメージしたいので」
一瞬、虚 を突かれたような表情を浮かべた後、ユウキは、少し照れたように笑った。
「本條 勇樹 、三十四歳。職業はエンジニア。半導体の設計をしてる。趣味はジム通い。出身地は東京。中学・高校ではバスケ部だった。
ご存知の通り、性的指向としてはゲイセクシャルだよ。元カレとは大学院で知り合った。付き合っては別れてを繰り返した腐れ縁で、結局、八年近く付き合ってたかな」
生真面目に頷きながら聞いているサトシに、勇樹は優しく問いかけた。
「よかったら、差し支えない範囲で、サトシ君のことも教えてくれないかな」
逆質問されるとは思っていなかったサトシは、目を白黒させた。
「……えっ?! 僕のことは別に良いじゃないですか」
「俺の個人的な興味だよ。せっかく君の時間を貰うんだから、君にも楽しんでもらいたいし」
(……そういうのが困るのに!)
「えっと、じゃあ……。
木下 訓志 、二十二歳です。職業は、ご存知の通り出張ホストです。趣味は……、特に、ないんですけど、映画を観るのと料理は好きです。出身地は長野県です。中学・高校はバドミントン部でした。
僕もゲイです。過去の恋愛についてはノーコメント。って言いたいけど、全く言わないのもアレなので(笑) 初体験は中三で、相手は、通ってた中学の先生でした」
途中まで、優しく、うんうんと頷きながら聞いていた勇樹だが、訓志の初体験に話が及ぶと、目を丸くした。
「……中三?! 訓志君、早熟だったんだなあ! 俺なんて、ようやく自分がゲイだって自覚し始めた頃だよ。当時のクラスメイトが好きだったんだけど、ポーッと見詰めてるだけの片想いだったし。
しかも、相手は先生かー。俺の中学には若くてカッコ良い男の先生はいなかったな。おじさんと、おじいさんばっかりだったよ」
「ふふふ。他に悪いことはしてなかったし、真面目に学校にも行ってたんですけどね」
訓志は、ひとつだけ秘密を打ち明けて、悪戯っぽく笑った。
それから、二人は、今後の契約条件について話し合った。
勇樹が出した条件は、一つだけだった。
契約期間中、訓志は、他のお客様とは会わないこと。
「俺専属になってもらう替わりに、この仕事でどのくらい稼いでいるか教えてくれたら、最低限、その金額は俺が保証する」
勇樹の目線と口調はハッキリしていて、この点は譲る気がないことを示していた。
「分かりました。他に何か、希望とか要望はありますか?」
生真面目にスマホのメモ帳に入力を終え、勇樹を見上げながら訓志は言った。
「いや。他は、特にない。普通の恋人同士だと思ってくれて良いよ。君を二十四時間拘束するつもりもない。呼んだらすぐ来い、とか、俺が抱きたいと言ったら必ず抱かせろ、という気もない。訓志君の体調が悪かったり、気分が乗らなかったら、断ってくれて構わない。
まぁ、あんまりお預けが続くと、悲しいけど(笑)
……しいて言えば、たぶん、毎晩、寝る前に少し電話はしたいかな。他に予定がなければ、できれば週末は会いたい。平日の夜も、たまにはデートしてくれると嬉しい」
最初の譲れない条件を口にした時とは打って変わって、「毎晩電話したい」からの希望を言う勇樹は、少し遠慮がちで恥ずかしそうだった。
「はい。もちろん、良いですよ」
訓志は優しく微笑んだ。
金額については、勇樹が、訓志の言い値通りどころか、更に上乗せして払うと言ってきたので、あっさり交渉はまとまった。
(……ホントに、お金と期間が決まってること以外は、まるっきり普通の恋人じゃないか……)
あまりに勇樹の要望が普通すぎて、困惑している気持ちを誤魔化すかのように、訓志は敢えて、茶化すような質問を投げかけた。
「勇樹さん、ホントにそれだけですか? 僕に隠してる性癖とか、ないですか? 実はハードなSMプレイが好きとか、あそこの毛をツルツルにさせるとか、友達呼んで来て3Pとか。そういうことは、ないですよね?」
勇樹は、苦笑しながら大笑いした。
「ないよ! ない、ない。……ひどいなぁ。俺、そういうキャラだと思われてたの?」
こうして、勇樹と訓志の、期間限定の恋人契約は始まった。
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