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第9話 恋人たちの夜【訓志】

「……じゃあ、契約成立。で、良いかな?」  訓志(さとし)がニッコリ頷くと、勇樹(ゆうき)は嬉しそうに、よく冷えたシャンパンとグラスを出してきた。 「乾杯しよう」 「これからの、恋人としての三か月に」  訓志は微笑んで、渡されたグラスを掲げた。  淡黄色の液体を口に含むと、舌の上で泡が弾けて、気分まで浮き立つようだった。 「んんー。美味しい! シュワシュワして気持ち良いですね! 僕、シャンパンなんて、滅多に飲まないから、ちょっと特別な気分になります」  目を細めて喜んでいる訓志を眺め、勇樹は、大きく息をついた。 「いやー、訓志君が、この話を受けてくれて、よかった……。俺、めちゃくちゃ緊張してたんだ。十中八九、断られるだろうな、って思ってたから。案の定、待ち合わせ場所に来てくれた時は、訓志君すごく怖い顔してたし。あーこれはダメだなって」 「そりゃ、そうですよ。『金は積むから、俺のモノになれ』って言ってるようなもんでしょ? 僕は、ペットでも愛人でもないですからね。正直、良い気持ちしませんでした、最初は」  訓志は、軽く肩を(すく)めて言った。 「じゃあ、なんで、受けてくれたの?」 「勇樹さんを、ほっとけなかったから」  二人は無言で見詰めあった。  勇樹は、訓志の手からグラスを受け取り、カウンターに二人分のグラスを置くと、両手で、訓志の頬をおし抱くように包み込んだ。 「ありがとう。  俺は、訓志君を、ペットや愛人みたいに扱う気はない。変な言い方かもしれないけど、大事にするよ」  勇樹は、真面目にそう言うと、優しく訓志に口付けた。  恋人として初めて交わしたキスは、シャンパンの味がした。  勇樹の唇や舌からもお酒の味がする。自分の身体がふわふわ揺れるのは、お酒に酔ったからだけではないと訓志は自覚していた。契約とは言え、これから三か月の間、この優しくて情熱的な大人の男性は、自分だけの恋人なのだ。  キスの合間に甘い溜息をつき、勇樹の腕にしがみつくと、彼は訓志を強く抱きしめた。やっぱり彼の腕の中は温かい。 「……君を抱きたい」  耳朶(みみたぶ)へのキスと共に囁かれ、訓志はふるえながら頷いた。  この日、勇樹は、訓志自身の快感を引き出そうとしていた前回とも、また少し違うやり方で訓志を抱いた。  勇樹がこんなに甘い恋人だなんて、思ってもみなかった。  過去のお客様はもちろん、プライベートで付き合ったどんな相手からも向けられたことのない甘い眼差しで見つめられ、身体中に愛おしそうに口付けられた。  甘酸っぱくて恥ずかしいような困惑が嵐のように訓志の胸の中で渦を巻き、どきどきしすぎて、バージンの時のような錯覚に陥った。軽く撫でられただけで肌を粟立たせ、勇樹に言われるがままに、ぎこちなく動いた。ホストとしての手練(てれん)手管(てくだ)は、頭から完全に抜け落ちていた。  はしたなくも早々に勢いよく立ち上がった訓志の中心にも、勇樹は口を付けた。 「いやっ……、そんなところ……。ダメだよ、ヒョン……。そんなにされたら、ぼく、もう、いっちゃ、う、あ、ああっ」  荒い呼吸の中で、訓志が必死に(あらが)うと、 「良いよ、一回イッて。君をイカせたくてしてるんだから、感じてくれると嬉しい」  そう言われ、敏感な鈴口を繰り返し()められ、時折、小さな穴を穿(うが)つように舌を入れられ、訓志は、あっという間に精を放った。  身体を繋ぐ時も、勇樹は「顔が見たい」と拘った。これまでは後背位が多かったが、この日は対面座位で繋がった。勇樹は、じわじわと訓志の腰を揺さぶり、訓志の感じているさまを、熱っぽい眼差しで見守っていた。 「そんなに見られたら、僕、恥ずかしいよ、ヒョン」  訓志は面映(おもは)ゆくて、喘ぎながら、顔を伏せようとしたが、 「どうして恥ずかしいの? 可愛いよ。感じてるところ、ちゃんと俺に見せて」  勇樹は甘く囁きながら、訓志の唇に口付けた。 「ふ、うん、、んんんっ……。はぁっ、あ、あっ」  肌を重ねるのは三度目ということもあり、勇樹は、訓志がどこでどう感じるのかを知っている。一気に絶頂へは持って行かず、徐々に高まるように、訓志の快感をコントロールするかのように抽送した。 「いやぁっ……。ねぇ、お願い、ヒョン。イカせてっ……! 僕もう、つらいよぉ……」  二度目のデートでは自分から腰を振っていたことすら忘れ、訓志は、与えられるがままになっていた。勇樹の肩にしがみつき、本気でべそをかいて悶えた。 「ごめんね。泣かせるほど()らすつもりはなかったんだ。俺がちょっとやり過ぎたね」  訓志の涙を優しく唇で拭いながら、勇樹は、訓志の一番良いところを自分自身で強く擦り上げた。訓志は嬌声をあげて一気に達した。同時に、『捕まえて離さない』と言わんばかりに、訓志の内壁はきゅっと収縮して勇樹を締め付けた。小さく呻いた勇樹も、訓志を追いかけるように、その熱情を(ほとばし)らせた。  自分がペースを握れず、相手に翻弄(ほんろう)されるセックスは、訓志にとっては久しぶりだった。しかも、本気で感じて、イクまで相手にねだるなどということは、少なくともホストの仕事では過去経験がなかった。  男性器の特性から、「感じている振り」「イッた振り」を演じるのは難しいが、ある程度は誤魔化すことはできるし、誤魔化しながらでなければ仕事にならないからだ。 (初日から、この調子かあ……。これじゃ、どっちが奉仕してるんだか分かんないよ……。三か月の契約の間、僕、本当に、ホストとしての分をわきまえて、自分をコントロールできるのかなぁ……?)  満足気にしている勇樹の腕枕で、訓志は、ふと我に返って先行きに少し不安を感じていた。

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