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第10話 守ってあげたい【訓志】

 勇樹(ゆうき)の生活に入り込んでいくにつれ、訓志(さとし)は、知的で裕福な大人の男性の生活がどのようなものか、次第に知るようになった。  勇樹の書斎には、コンピューターや、色んな機械、部品、専門書がずらっと並んでいた。英語の本も多かった。 「難しそうな本、いっぱい持ってるんだね。しかも英語だ」  訓志が目を丸くすると、 「あー。俺は、大学も大学院も、アメリカだったから。今も、仕事で必要な勉強するには、英語のほうが情報が早いし、多いからさ。でも、俺が読めるのは、仕事に関連する本だけだよ。小説とかは、出てくる単語が全然違うから、ほとんど読めないし」  勇樹は、事もなげに言う。 「社会人になってからも、勉強し続けてるんだ。偉いね」  素直に訓志が感心すると、 「まあ、好きでやってるからね。俺、昔から機械をいじるのが好きだったから、エンジニアになったんだ。  子供の頃から、ラジカセとか時計とか、中身がどうなってるのか知りたくて、分解するのが好きでさ。でも、元に戻せなくて、結局、壊しちゃって。よく親に怒られた(笑)」  勇樹は、少年のような悪戯っぽい笑顔を見せた。 「お仕事では、どんなもの作ってるの?」  訓志が訊くと、 「お、そう聞いてもらえるのは嬉しいねぇ。俺が設計してるのは、色んな機械の内側に入ってる小さい部品だから、滅多に人の目に触れないんだよ。だけど、うちの会社が設計してる半導体って、家電とか産業用機械にも、けっこう入ってるんだよ」  勇樹は、幾つかの家電メーカー・製品や、産業機械の会社名を挙げた。  仕事の話や、子ども時代の話をする時の勇樹は、快活に目を輝かせていた。  勇樹の会社の製品が入っていると教えてくれた家電は、訓志もテレビCMや広告を見たことがあるくらい有名なメーカー・製品だったし、産業用機械は、以前、別のお客様から、世界的にシェアを持つ優良企業だと聞いたことがあった。  好きな分野の勉強に打ち込み、その知識を活かして、世の役に立つ仕事をしている勇樹を、訓志は、素直に格好良いと思った。彼の少年のような笑顔を可愛いと思った。  『ただのサラリーマン』と彼は謙遜したけれど、家を相続した分を差し引いても、訓志から見れば彼の暮らしぶりは裕福だった。  訓志が調理器具が欲しいと言ったら、何万円もする鍋をポンと買ってくれたり、調味料が欲しいと言ったら、近所の高級スーパーで値段すら見ずに買い物かごに無造作にポンポン瓶を放り込んだりする。  きっと高給取りなのだろう。  高学歴で高収入、しかも高身長。まさに『三高』を絵に描いたような男。 (契約とは言え、彼の恋人が、僕なんかで良いのかな……)  しかし、内心引け目と遠慮を感じていた訓志を、勇樹は決して見下したりしなかった。  訓志の素朴な疑問や質問にも、勇樹はバカにすることもなく、丁寧に答えてくれた。書斎に置かれている部品や機械に興味を示すと、それがどんなものなのか、どう使われているか、嬉しそうに教えてくれた。  二人で一緒に海外のテレビ番組を見ることもあったが、勇樹は分かりやすく翻訳し説明してくれた。 『頭が悪いからホストなんかやってるんでしょ』と、見下してくるお客もいる。しかし、勇樹は、ちゃんとした知性ある存在として自分を扱ってくれる。訓志はそれが嬉しかった。  勇樹の父親は、機械工学分野が専門で、大学教授だったこと。母親は、女子大の英文学科を卒業した後、出版社で働いていたこと。『アメリカ留学していた技術者と、イギリス留学していた編集者なら、インテリ同士で話が合うのでは』と、共通の知人に引き合わされて結婚に至ったことなどを追々聞いた。  両親の代から、知的で文化的な環境で育ったことが、勇樹の品の良さに繋がっているのかもしれない。 「元カレさんも、アメリカの大学院を卒業してるんだよね?」 「うん。彼は、韓国の大学を卒業してから、アメリカの大学院に留学してきたから、最初は言葉や習慣の違いに、ちょっと苦労してたよ。俺も、少し前の自分を見てるようで、ほっとけなくてね。あれこれ面倒見てるうちに、何となく、そうなったというか」  訓志なりに考えたが、(ろく)な学歴もなく、裕福とはかけ離れた生まれ育ちの自分が、元カレと同じ路線で勇樹に迫るのは無理があると思った。  若さと健気さ。  それと、元カレみたいなインテリが絶対やらないであろう、可愛いお茶目なアピール。  自分が勇樹を癒すなら、その路線だ。 「勇樹さん、お帰りなさい! ゴハンにする? お風呂? それとも、僕?」  訓志は、ベタな純白のフリル付きのエプロン一枚の姿に、あえて無邪気な表情を浮かべ、首をコテンと片方に傾げ、会社から帰宅した勇樹を出迎えた。早々に合鍵を貰っていたので、『今日は夕飯を作って家で待ってる』とだけ、伝えてあった。  スーツ姿で帰宅した勇樹は、いわゆる裸エプロンで出迎えた訓志を目にして、数秒間、口を開けて固まっていたが、デレデレと鼻の下を伸ばし、訓志を背後から抱き締めた。そして、訓志の素肌にキスを落としながら、嬉しそうに言った。 「そうだな……、まず、一緒にお風呂。それから、訓志。  二人で運動して、もう少しお腹を空かせてから、せっかく作ってもらった夕飯をいただこうかな?」 「ふふふ。そう言うと思った」  訓志は、妖艶な笑みを浮かべ、振り向きながら、勇樹のネクタイを解いた。 「こんな可愛い出迎え、スルーできるわけないよ。あー、俺、幸せだあ。こんな、新婚さんみたいなことしてもらえる日が、俺の人生に来るなんて」  勇樹は、目尻を下げて甘えるような表情を浮かべ、訓志に服を脱がせてもらうのを待っていた。

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