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第13話 好きなんて言えない【訓志】

 訓志(さとし)は、音楽の喜びを取り戻した。  他の人の曲にも、良いと思った時は積極的に賞賛コメントを書き込んだ。訓志を最初に気に入ってくれた人は姉御肌で、彼女が、オンライン上の配信ミュージシャン仲間の輪に訓志を引き入れてくれた。礼儀と謙虚さで、すぐに訓志は輪に溶け込み、可愛がられるようになった。曲作りやアレンジ、ソフトウェアの使いこなし方など、仲間から得られる生の情報は、非常にありがたかったし、何より創作の励みになった。  リスナーからのコメントも、嬉しかった。自分が意図したメッセージが誰かに届いた実感、手応えは何よりの報酬だった。練習生時代は指をくわえて見ているだけだった、先輩アイドルあてに届くカラフルな封筒の山。海のものとも山のものとも知れない自分あてに送ってもらったメッセージはそれに匹敵する価値があると訓志は感じた。全てのコメントを噛み締めるように読み、一つ一つ丁寧に返信していた。すると、喜んだリスナーさんが、繰り返し書き込んでくれ、他のリスナーも書き込みやすい雰囲気になる好循環が始まった。 「将来、メジャーデビューには(こだわ)らず、自分のアルバムを出したり、小さくてもライブを開いたりできれば」  訓志は、そんな夢を持つようになった。音楽だけでは食べていけないかもしれない。しかし、改めて音楽は自分の生きがいだと思った。自分自身の誇りのためにも、勇樹との契約が終わったらホストの仕事はやめよう。そう決意した。  自信を回復し、人生観や職業観が変わったのは、勇樹(ゆうき)の支えと後押しがあったからこそだ。訓志にとって、勇樹は次第に大切な存在になっていく。残された恋人としての時間が短くなる寂しさを言葉にしない分、抱き合う時は熱が入るのだった。  仰向けに横たわった勇樹に、体重を掛けないよう、肘と膝で自分の身体を支えながら覆い被さった訓志は、濃厚に口付けた。上下の唇で、勇樹の唇を挟んで食み、吸い、舌を絡めながら更に唇を吸い上げた。触れ合っているお互いの中心は、既に大きく膨らんでいた。  訓志は、唇を離し、濡れた瞳で勇樹を見詰めてから、その唇を、次第に下へと這わせた。勇樹の胸の突起にちゅっとキスをして、尖らせた舌先を出して(つつ)く。もう片方は、指先で摘まむ。勇樹の口から微かに溜息が零れたのを、訓志は聞き逃さない。ねっとりと舐め回し、唇だけで吸い上げ、溜息に混じった声に湿度を感じると、軽く歯と爪を立てる。ぴくっと勇樹の身体が震える。引き締まった脇腹に両手を這わせ、目線を合わせながら、両膝の間に(うずくま)る。 「ふふっ。ヒョンのヒョンが、今、ぴくっとしたよ。いけない子だね。もう待ち切れない?」  訓志は、敢えて無邪気な笑みを浮かべて、勇樹の先端を、「いい子、いい子」するように、掌で撫で撫でした。勇樹は、少し鼻にかかった喘ぎ声の中で囁いた。 「うん……、だって、その子、訓志にキスされるのとか、舐められるの、大好きなんだもん」 「ふぅん。僕の口で可愛がるだけで良いの?」  訓志は、挑むような悪戯な目線で、勇樹の脚の間から彼を見上げた。 「……なんだよ、今日は言葉攻め?」  勇樹は苦笑しながらも、焦らされるのが辛くなったのか、正直に言った。 「口で可愛がってもらうのも好きだけど、最後は、訓志の中に入って、くっついて仲良くしたい」 「はい。よくできました。じゃ、いっぱい可愛がってあげる」  訓志はニッコリ微笑むと、勇樹の茎の根元を手で軽く握り、先端に何度か軽くキスをした。柔らかい唇の感触で、期待感を煽ってから、舌だけで、根元から裏筋に沿って舐め上げる。手も使った方が、早く快感を高められるのだが、勇樹も訓志も、ゆっくり愛し合うほうが好きなので、手はあまり使わない。  勇樹自身が、どくどくと力強く脈を打っている。唇で挟んで上下に愛撫し、先端との繋ぎ目で舌を小刻みに動かす。勇樹が「ああっ……」と小さく喘ぎ声をあげた。頃合いかと、訓志は、ようやく先端に舌を這わせ、唇をすぼめて自分の口内に迎え入れる。勇樹が仰け反った。喉仏や筋肉が浮き出たその首が、男らしくてセクシーだと、訓志は思う。 「訓志、強く吸わないで……。それされると、俺、もたないから」  吐息交じりに囁く少し低い勇樹の声に耳を擽られ、訓志も興奮し、自分自身が張り詰め始めているのを感じた。勇樹の好みの強さで、舌を這わせながら、優しく吸う。 「ああ……。すごく気持ち良いよ……」  勇樹が、優しく訓志の髪を撫でる。  猫が親きょうだいと舐め合うように、自分から積極的にしてあげたいと思っている自分を、訓志は不思議に感じていた。 「……ありがとう、訓志。これ以上されると、俺イッちゃう」  勇樹は、上半身を起こしながら、快感で少しトロンとした目で訓志に微笑みかけた。 「……ん」  訓志は、少し名残惜しそうに、勇樹自身を口内から解放した。  勇樹は、訓志の背後に回り込むと、白く柔らかな双丘を押し開き、後孔に舌を這わせた。舌を、広く使って周辺含めて舐めたり、時折尖らせてその蕾を擽り、中に差し込むように動かしたりして、訓志の快感を高めていく。零れる溜息が甘くなって来ると、今度は、指を差し込んで、内側を愛撫していく。この頃になると、触れられていなくても、自然と訓志の前からも蜜が滲み出す。 「ねぇ……、したい」  内側から弄られて、すっかり受け入れる準備が整った訓志は、震える声で、勇樹にねだった。 「うん。訓志、仰向けになってくれる? 俺、今日は上から、顔見ながらしたい」  訓志が振り向きながら頷くと、勇樹は、優しく訓志を仰向けにベッドに押し倒した。  勇樹が、ゆっくり訓志の中に入ってくると、訓志は、手を勇樹の肩に載せ、軽く引き寄せて、唇を合わせた。  勇樹はしばらく動こうとしなかった。無言で訓志を抱き締めて、繋がっていること自体を味わっているようだった。 「ふふっ。いつもより、ちょっと脈が早いな。ドキドキしてる?」 胸を密着させ、優しく微笑んだ。 「うん……。なんか、ハダカにされてるような気がして」 訓志が呟くと、勇樹は、素っ頓狂な声を出した。 「へっ? とっくにハダカじゃん」 「違うよ……、単に服を着てないっていう意味じゃなくて……。心とか、気持ちとかがさ……」  そんな素直な気持ちを口にするだけで、訓志は、無防備な心を晒しているようで、心許なくなってしまう。 「訓志。俺は嬉しいよ。訓志が心も開いてくれるのは。だから、そんな心細そうな顔しないで……」  勇樹に優しく囁かれ、唇にキスされると、きゅうっと胸が苦しくなり、思わず訓志は、勇樹に強くしがみついていた。 「ねえ、勇樹……。僕を離さないで……」  甘えた声で囁いた瞬間、訓志は、ハッとなった。 「あ、ごめん。ヒョン」  恋人としての契約を結んでからも、訓志は、ベッドでは「ヒョン」と呼んでほしいという勇樹のお願いを、律儀に守り続けていた。  勇樹は、一瞬、困惑した表情を浮かべたが、何事もなかったかのように、訓志に微笑んだ。 「……良いよ、ヒョンじゃなくて。これからは」  そして、訓志の良いところを掠めるように、腰を揺すり始めた。 「はぁ、っ……。ん、んんっ……。ねえ、もっとしてよ……」  訓志が、もどかしげにねだると、勇樹はニヤリと笑った。 「名前を呼んだらね。たくさん呼んでくれたら、たくさんしてあげる」 「なに、それ……。何のプレイ……? ねえ……。勇樹……」  訓志は切なげに喘いだ。 「良い子だ」  勇樹は、訓志の良いところを、あやすように、ゆっくり行き来した。 「勇樹……、勇樹……。気持ち良いよっ……。ふ、う、んん、ああんっ」  訓志は、身体を捩って甘い声でよがり始めた。 「訓志は素直だな……。可愛いよ……」  勇樹は、訓志の反応に満足したのか、抽送のスピードを上げ始めた。  譫言(うわごと)のように、その名を呼び続けながら、訓志は達した。勇樹も、いつもより、気分が盛り上がったようだった。 (ああ……。僕、もう、勇樹とのセックスが仕事じゃなくなってる……。ホストじゃなくて、ただの訓志として抱き合ってる。  僕は、勇樹が好きなんだ……。  今までは仕事だと思ってたから、演技で幾らでも言えたけど、「好き」だなんて、もう言えないよ……)  こうして、二人の寝室からは、「ヒョン」と「好き」の言葉がなくなった。一方で、その交わりは、以前にもまして濃密なものになっていた。

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